オープンデータ利用を組み込んだ公共調達の法的リスクと契約上の考慮事項
はじめに
公共調達において、行政機関等が保有する公共データの活用、特にオープンデータの利用が広がりを見せています。これは、より効率的かつ革新的なサービスやシステムの構築を目指す上で重要な推進力となります。しかしながら、公共調達の枠組みにオープンデータ利用を組み込む際には、特有の法的リスクや契約上の考慮事項が生じます。本稿では、弁護士の皆様が公共調達案件に関与される際に留意すべき、オープンデータ利用にまつわる主要な法的論点について解説いたします。
公共調達におけるオープンデータ利用の類型
公共調達においてオープンデータが利用される場面は多岐にわたります。代表的な類型としては、以下のようなものが挙げられます。
- 調達仕様書におけるデータソースとしての指定: 提供されるサービスやシステムが、特定のオープンデータを利用することを要件とする場合。
- 受託者によるサービスの付加価値向上目的での任意利用: 調達の目的達成のために、受託者が既存のオープンデータを独自に調査・利用し、提供サービスに付加価値を加える場合。
- 調達の成果物自体がオープンデータとして公開されることを前提とする場合: 調達により作成されたデータやシステムの一部が、二次利用可能な形で公開される場合。
- データ分析やAI開発等、データそのものの利用を目的とする調達: オープンデータを収集、分析、加工するプロセス自体が調達の目的となる場合。
これらの類型によって、生じる法的論点や契約上のリスクは異なります。
法的論点1:契約上の課題
公共調達におけるオープンデータ利用に関する契約上の課題は、主に以下の点に集約されます。
(1) オープンデータライセンスの遵守義務
オープンデータは、提供者によって定められた利用ライセンス(例: クリエイティブ・コモンズ・ライセンス、政府標準利用規約)に従って利用される必要があります。公共調達においてオープンデータを利用する受託者は、当該ライセンスの条件を遵守する義務を負います。
- 調達仕様書への明記: 発注者側は、調達仕様書において利用すべきオープンデータ及びそのライセンスを明確に指定し、受託者にライセンス遵守義務を課すことが望ましいです。
- 受託者による確認義務: 受託者は、利用しようとするオープンデータのライセンス内容を十分に確認し、調達目的での利用が許容されているか、帰属表示や改変の可否といった条件を遵守できるかを確認する必要があります。ライセンスに違反した場合、著作権侵害等の法的責任を問われる可能性があります。
(2) データに起因する瑕疵・誤りに対する責任
オープンデータは「現状有姿」で提供されることが多く、その正確性や網羅性、継続的な可用性が保証されない場合があります。調達目的で利用したオープンデータに誤りや欠陥があり、それが原因で受託者が提供するサービスやシステムに不具合が生じた場合、契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)の所在が問題となります。
- 責任範囲の明確化: 契約において、オープンデータ自体に起因する不具合について、受託者の責任範囲をどこまでとするかを明確に定めることが重要です。例えば、オープンデータの誤りを検知・修正するための受託者の努力義務の範囲や、それが不可能な場合の責任免除規定などが考えられます。
- 発注者側の情報提供義務: 発注者側が特定のオープンデータの利用を必須とする場合、可能な範囲で当該データの既知の課題や更新頻度等に関する情報を受託者に提供する配慮が求められます。
(3) 派生成果物の取り扱い
オープンデータを利用して新たなデータセット、ソフトウェア、分析結果等の成果物を作成した場合、これらの成果物の知的財産権の帰属や二次利用可能性が問題となります。
- 知的財産権の帰属: 公共調達契約において、受託者が作成した成果物の知的財産権が国や自治体等の発注者に帰属することが一般的です。オープンデータを利用して作成された成果物についても、その知的財産権が契約に従い発注者に帰属することを明確にします。
- 二次利用とライセンス: 発注者に帰属した成果物を、発注者自身がオープンデータとして二次利用したい場合や、他の第三者が二次利用できるようにしたい場合があります。この場合、原データであるオープンデータのライセンスと、派生成果物に関するライセンス(または著作権処理)との関係性を整理する必要があります。例えば、原データが特定のライセンス(例: CC BY)に基づいている場合、派生成果物も同様のライセンス条件(帰属表示等)の下で公開する必要が生じることがあります。契約において、成果物をオープンデータとして公開する可能性とその場合の条件について、事前に合意しておくことが望ましいです。
(4) 秘密保持義務との関係性
公共調達においては、契約に関連して知り得た情報の秘密保持義務が課されることが一般的です。オープンデータは公開情報であるため、原則として秘密情報には該当しません。しかし、受託者がオープンデータと非公開の調達関連情報(例: システムの内部構造、他の非公開データ)を組み合わせて利用する場合、非公開情報の漏洩リスクが生じ得ます。また、受託者が独自に収集した非公開データとオープンデータを組み合わせてサービスを提供する際に、営業秘密として保護すべきデータがオープンデータ利用の結果として間接的に推測可能になる、あるいは意図せず公開されてしまう可能性もゼロではありません。契約条項において、秘密情報とオープンデータの区別、および秘密情報の保護義務を明確に定める必要があります。
法的論点2:競争法上の課題
公共調達におけるオープンデータ利用要件の設定は、競争法(独占禁止法)上の問題を生じさせる可能性も否定できません。
- 特定の事業者に有利な要件: 調達仕様書において、特定のオープンデータ利用能力や、特定のデータセットへのアクセス権限を事実上要求するような条件を定めることは、特定の事業者以外を排除する効果を持ち、公正な競争を阻害する不公正な取引方法(入札妨害等)とみなされるリスクがあります。
- 競争性の確保: 発注者側は、オープンデータ利用を求める場合でも、複数の事業者が応札できるよう、技術的に中立で、広く利用可能なオープンデータを指定する、あるいは代替手段を許容するなどの配慮を行う必要があります。特定の事業者のみがアクセスできる、あるいは利用ノウハウを持つデータに限定するような要件は避けるべきです。
法的論点3:情報公開・個人情報保護との関連
公共調達プロセスにおいては、情報公開請求の対象となりうる文書が多く存在します。また、調達目的によっては個人情報やそれを含む加工情報を取り扱う可能性があります。
- 調達関連文書の公開: 調達仕様書や契約書、成果物等は情報公開の対象となる可能性があります。オープンデータを利用している部分についても、その旨や利用ライセンス、成果物の公開可能性について、情報公開制度との関係を考慮しておく必要があります。
- 個人情報を含むデータの取り扱い: オープンデータとして公開されているデータ自体は匿名化等の処理が施されていることが前提ですが、他のデータと組み合わせることで個人が識別される再識別リスクは常に存在します。特に、調達業務の過程で非公開の個人情報や仮名加工情報を取り扱う場合、個人情報保護法に基づく安全管理措置、契約における目的外利用の禁止、再委託時の監督義務などを厳格に遵守する必要があります。オープンデータと個人情報を組み合わせる際の法的リスク(再識別のリスク、利用目的の限定等)について、契約上で明確な定めを設けることが不可欠です。
倫理的側面
公共調達におけるオープンデータ利用は、法的側面だけでなく倫理的な配慮も求められます。
- 透明性とアカウンタビリティ: どのようなオープンデータが、どのような目的で、どのように利用されているかを可能な限り透明にし、説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことが公共部門には求められます。
- 公共の利益への貢献: オープンデータの利用が、最終的に市民サービスの向上や公共の利益に資するものであるべきという倫理的な原則も考慮されるべきです。特定の事業者の利益のみに過度に資するようなデータ利用や、公共データの囲い込みにつながるような契約形態は、公共の利益に反する可能性があります。
実務上の考慮事項
弁護士が公共調達におけるオープンデータ関連の案件に関与する際には、以下の点を重点的に確認・検討することが推奨されます。
- 調達仕様書のレビュー: オープンデータ利用に関する要件が明確か、ライセンス遵守が可能か、競争性を不当に阻害する内容でないかを確認します。
- 契約条項のドラフト・レビュー: オープンデータに起因する責任範囲、成果物の知的財産権帰属と二次利用条件、秘密保持義務とオープンデータの関係、個人情報保護に関する条項等が適切に定められているかを確認またはドラフトします。
- リスク評価と提言: 発注者または受託者の立場から、オープンデータ利用に関連する潜在的な法的リスク(ライセンス違反、データ瑕疵責任、競争法違反等)を評価し、リスク回避・低減のための具体的な契約上・実務上の措置を提言します。
- 情報公開・個人情報保護との整合性: 調達全体を通じて、情報公開制度および個人情報保護法との整合性が確保されているかを確認します。
結論
公共調達におけるオープンデータの利用は、効率的な行政運営や革新的な公共サービスの創出に貢献する一方で、ライセンス遵守、データ瑕疵責任、知的財産権、競争法、情報公開、個人情報保護など、多岐にわたる法的・倫理的な課題を伴います。これらの課題に適切に対処するためには、契約におけるリスク分担の明確化、調達仕様における公平性の確保、そして関連法規の正確な理解が不可欠です。弁護士は、これらの論点を深く理解し、発注者・受託者の双方に対して、法的リスクを回避しつつオープンデータの潜在能力を最大限に引き出すための専門的なアドバイスを提供することが期待されます。今後の公共調達においては、オープンデータに関する法的知識の重要性が一層高まるものと考えられます。