企業の非個人情報データ任意公開における法的リスクと回避策:営業秘密、第三者データ、著作権等の弁護士実務解説
はじめに
近年、企業が保有する非個人情報データをオープンデータとして任意に公開する動きが増加しております。これは、データ活用の促進による新たなビジネス機会の創出、企業価値向上、あるいは社会貢献といった様々な目的によるものです。しかし、法的な義務に基づかない任意公開においては、公開するデータの内容や性質によっては、予期せぬ法的リスクが発生する可能性があります。弁護士としては、クライアントである企業がこれらのリスクを正確に理解し、適切な回避策を講じるための専門的な助言を行うことが求められます。
本稿では、企業による非個人情報データの任意公開に焦点を当て、特に弁護士が実務上留意すべき主な法的リスクとその回避策について解説いたします。
企業による非個人情報データ任意公開の法的性質
企業による非個人情報データの任意公開は、官民データ活用推進基本法において「事業者等が有するデータの公開」として位置づけられていますが、行政機関のように原則公開義務が課されているわけではありません。したがって、その公開は企業の自由な意思決定に基づき行われます。
この任意公開においては、提供されるデータの利用条件は主に企業自身が設定する利用規約やライセンスによって規律されます。しかし、この契約的規律だけではカバーしきれない、様々な法令に基づくリスクが存在することを認識する必要があります。
主な法的リスクと回避策
企業が非個人情報データを任意にオープンデータとして公開する際に直面しうる主な法的リスクは多岐にわたります。以下に、実務上特に注意が必要な点について詳述いたします。
営業秘密侵害リスク
企業が公開しようとするデータに、不正競争防止法に定める営業秘密(秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの)が含まれていないかの確認は極めて重要です。意図せず営業秘密を公開してしまうことは、自社の競争優位性を失うだけでなく、従業員等との秘密保持契約違反や、場合によっては外部からの訴訟リスクにつながる可能性も否定できません。
回避策:
- 公開候補データに対して、秘密管理性、有用性、非公知性という営業秘密の要件を満たす情報が含まれていないか、法務部門や情報管理部門が連携して慎重にレビューを実施します。
- 特に、加工や集計が不十分なローデータには営業秘密が含まれている可能性があるため、公開データの粒度や形式を十分に検討します。
- 従業員や役員との間で締結している秘密保持義務の範囲との整合性を確認します。
第三者データに関するリスク
公開しようとするデータに、企業が第三者から提供を受けたデータや、第三者に関する情報(ただし個人情報に該当しないもの)が含まれている場合があります。この場合、以下のリスクが考えられます。
- 契約違反リスク: 第三者との間の契約において、当該データの利用目的や公開、第三者提供が制限されているにもかかわらず公開を行うと、契約違反となります。損害賠償請求や契約解除等の対象となりえます。
- 第三者の知的財産権侵害リスク: 第三者が権利を有する著作物(例:写真、図表、独自の分類体系など)が含まれている場合、権利者の許諾なく公開すると著作権侵害となる可能性があります。
回避策:
- 公開候補データに含まれる第三者由来の情報について、取得元の契約内容を精査し、公開が許容される範囲であることを確認します。
- 第三者の知的財産権(著作権、商標権等)の対象となりうる情報が含まれていないかを確認し、含まれる場合は権利者の許諾を取得するか、権利部分を削除・加工します。
自社データの著作権に関するリスク
企業が独自に収集・蓄積・整理したデータの中には、データベースの著作物として著作権法による保護を受けるものがあります。また、データに含まれる要素(図表、文章、写真など)が個別の著作物である可能性も考えられます。
著作権保護の対象となるデータをオープンデータとして公開する場合、適切なライセンス(例:クリエイティブ・コモンズ・ライセンスや独自のオープンデータライセンス)を設定し、利用条件を明確にする必要があります。ライセンスの設定を誤ると、意図しない形でのデータ利用を許諾してしまう、あるいは逆に利用条件が不明確でデータ活用が進まないといった事態を招く可能性があります。
回避策:
- 公開候補データが著作物にあたるか、特にデータベース著作物として保護されるかを検討します。
- 著作権保護の対象となるデータについては、どのような条件下での利用を許諾するのかを明確に決定し、適切なオープンデータライセンスを選択または策定します。
- ライセンス条項は、データの改変、派生データの作成、営利目的利用の可否、帰属表示の要否などを明確に定めます。利用者が容易に理解できるよう、平易な言葉で記述することも重要です。
個人情報保護法との関係性
公開するデータが個人情報(特定の個人を識別できる情報)に該当しないことの確認は最も基本的な前提です。非個人情報として公開するデータであっても、他の情報と容易に照合することで特定の個人を識別できてしまう、いわゆる「再識別」のリスクがないか検討する必要があります。
また、個人情報保護法において定義される匿名加工情報や仮名加工情報に該当する場合、その提供・利用には同法が定める規制が及びます。任意公開を検討しているデータがこれらの加工情報に該当しないか、慎重に判断する必要があります。
回避策:
- 公開データに含まれる情報が、個人情報保護法に定める個人情報に該当しないことを入念に確認します。
- 非個人情報として公開する場合でも、他の公開情報や容易に入手可能な情報と組み合わせることで特定の個人が識別されるリスク(再識別リスク)を評価し、必要に応じてデータの匿名化レベルを高める措置を講じます。
- データが匿名加工情報や仮名加工情報に該当する場合は、個人情報保護法に基づく適切な手続き(本人への通知・公表、安全管理措置等)を遵守します。
契約上の留意点
企業が任意に公開するデータは、その利用規約またはライセンスによって利用条件が定められます。この利用規約の整備は、法的リスク管理の中核となります。
留意点:
- データ内容の保証と免責: 提供するデータの正確性、完全性、最新性等について、どこまで保証するのかを明確に定めます。保証しない場合は、その旨と、データ利用により利用者に生じたいかなる損害についても責任を負わない旨の免責条項を明確に設けます。
- 利用許諾範囲: データの利用目的、利用方法、派生データの作成・公開の可否、営利・非営利利用の区別などを具体的に定めます。
- 禁止事項: 法令に違反する利用、公序良俗に反する利用、第三者の権利を侵害する利用などを禁止事項として明記します。
- 利用規約違反への対応: 利用規約に違反した場合の利用停止や法的措置の可能性について定めます。
- 準拠法・合意管轄: 国際的なデータ流通も考慮し、準拠法および紛争が発生した場合の合意管轄裁判所を定めておくことが望ましいです。
これらの条項を適切に設計することで、データ提供者の責任範囲を明確にし、予期せぬトラブルや訴訟リスクを低減することができます。
競争法上の留意点
企業が特定の事業者に対してのみ、あるいは差別的な条件でデータを提供する場合、競争法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)上の問題が生じる可能性も理論上は考えられます。特に、当該データが市場において不可欠なインフラ(エッセンシャル・ファシリティ)に準ずる性質を持つ場合などです。しかし、任意公開であり、広く一般に公開することを前提とするオープンデータにおいては、このリスクは比較的限定的となることが多いと考えられます。
実務における弁護士の役割
企業による非個人情報データ任意公開における弁護士の役割は多岐にわたります。
- 法的リスク評価とアドバイス: クライアントが公開を検討しているデータの内容をヒアリングし、上記の各種法的リスクを評価・分析し、具体的な回避策についてアドバイスを行います。
- 利用規約・ライセンスの作成・レビュー: クライアントの公開意図やデータの性質に合致した、適切かつリスクを最小化するための利用規約やオープンデータライセンスのドラフトまたはレビューを行います。既存の標準的なライセンス(CCライセンス等)を適用する場合でも、その意味内容やクライアントのデータに適用した場合の留意点について説明が必要です。
- 社内体制構築への助言: データ公開プロセスにおける法務チェック体制の構築や、公開データの管理体制、データに関する問い合わせ対応体制などについて法的な観点から助言を行います。
- 契約交渉への参加: データ提供に関する個別の契約(例:特定の事業者とのデータ連携契約)が発生する場合、契約条件に関する交渉に参加します。
結論
企業による非個人情報データの任意公開は、データ駆動型社会における重要な潮流の一つであり、企業および社会全体に大きなメリットをもたらす可能性を秘めています。しかし、法的義務に基づかない公開であるからこそ、提供者である企業は潜む法的リスクを自ら評価・管理する必要があります。
営業秘密の漏洩、第三者の権利侵害、自社著作物の適切なライセンス管理、個人情報保護法との関係性の整理、そして利用者との間の契約関係の明確化など、弁護士が検討すべき論点は多岐にわたります。弁護士は、これらの専門知識を提供し、クライアント企業が法的リスクを適切に管理しながらデータ公開を進めることができるよう、実務的な観点から支援していくことが求められます。最新の法規制や関連する実務慣行の動向を常に注視し、変化に対応していく姿勢が重要となります。