オープンデータ提供プロセスの法的位置づけ:情報公開法・公文書管理法との比較と実務上の留意点
はじめに
近年、官民データ活用推進基本法に基づき、行政機関における保有データのオープン化が積極的に進められています。オープンデータは、透明性の向上、行政の効率化、そして新たなビジネスや公共サービス創出の基盤として期待されています。一方で、行政機関による情報公開や文書管理については、既に情報公開法や公文書管理法といった確立された法制度が存在します。これらの既存制度と、新たな取り組みであるデータオープン化の法的位置づけや関係性は、実務上しばしば混同されやすく、適切な理解が求められます。
本稿では、行政機関におけるデータオープン化プロセスを、情報公開法および公文書管理法と比較しながらその法的位置づけを整理し、弁護士が実務で直面する可能性のある留意点について解説いたします。
1. オープンデータ推進の法的位置づけ
1.1 官民データ活用推進基本法に基づく推進義務
官民データ活用推進基本法は、国の責務として、公共データのオープン化を「原則」とすることを明記し(第9条)、行政機関に対し、国民が利用しやすい形式でのデータ提供を推進するよう求めています。これは、情報公開法に基づく個別の開示請求に応じる受動的な公開とは異なり、行政機関が自らの判断と計画に基づき、能動的にデータを整備・公開することを旨とするものです。目的も、情報公開法が行政の説明責任を全うし国民の知る権利を保障することを主眼とするのに対し、オープンデータ推進はこれに加え、データの二次利用による公益増進や経済活性化といった側面も強く持ちます。
1.2 情報公開法との違い
| 項目 | 情報公開法 | オープンデータ推進 | | :------------- | :----------------------------------------- | :--------------------------------------------- | | 目的 | 知る権利の保障、行政の説明責任 | 透明性向上、国民参加、経済活性化、行政効率化など | | 公開手法 | 個別の開示請求に基づく受動的公開 | 能動的・計画的な公開 | | 対象 | 「行政文書」(書面、図画、電磁的記録など) | 特定のデータセット、機械判読可能な形式 | | 利用形態 | 閲覧、写しの交付(二次利用は別途検討) | 二次利用可能なライセンスによる提供 | | 利用条件 | 原則として制約なし(費用負担はあり) | ライセンスに基づき条件が付される場合がある |
情報公開法では、「行政文書」の写しが提供され、その後の二次利用については、原則として別途著作権法等の検討が必要となります。これに対し、オープンデータは、二次利用を容易にするため、機械判読可能な形式で、特定の利用規約(ライセンス)の下で提供されることが一般的です。
2. 情報公開法との関係性
2.1 行政文書とオープンデータの範囲
情報公開請求の対象となる「行政文書」は、組織的に用いるものとして保有されている、職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録であって、職員が組織的に用いるものとして、行政機関が保有しているものを広く含みます。一方、オープンデータとして公開されるデータは、行政文書に含まれる情報の一部である場合もあれば、特定の目的のために抽出・加工されたデータセットである場合もあります。必ずしもすべての行政文書がオープンデータの対象となるわけではなく、またオープンデータとして公開されたデータが、情報公開請求の対象外となるわけでもありません。
2.2 非開示情報とデータ加工
情報公開法においては、個人情報、特定の法人情報、公共の安全等に関する情報など、法定の非開示情報が定められています。オープンデータとしてデータを公開する際も、これらの非公開情報が含まれる場合は、個人情報保護法等の法令に基づき、匿名化、仮名化、集計、マスキング等の適切な加工処理を行う必要があります。この加工処理は、情報公開法に基づく部分開示の際に実施されるものと共通する技術や判断が求められますが、オープンデータの場合は二次利用可能性を考慮した形式での提供が重要となる点で異なります。オープンデータとして適切に加工されたデータセットは、原則として情報公開法上の非開示情報を含まない状態であることが望まれます。
2.3 情報公開請求による公開データのオープンデータ化
情報公開請求によって開示された情報についても、その公益性や有用性から、広く一般に公開することが適切であると判断される場合があります。情報公開法は、開示決定をした行政文書については、請求者以外の者にも原則として同一の条件で開示することを定めており(法第17条)、これをさらにオープンデータとして二次利用可能な形式で公開することは、オープンデータ推進の趣旨に合致します。行政機関は、情報公開請求への対応と並行して、公開データのオープンデータ化の可能性についても検討することが推奨されます。
3. 公文書管理法との関係性
3.1 行政文書の管理義務とデータの管理
公文書管理法は、行政機関に対し、「行政文書ファイル管理簿」の作成・公表、行政文書の保存期間設定、保存期間満了時の措置(歴史公文書等への移管等)といった、行政文書の適切な管理を義務付けています。オープンデータとして公開されるデータセットも、多くの場合、公文書管理法上の「行政文書」を構成する情報、またはそれを基に作成されたものです。したがって、データの生成、取得、利用、保存、廃棄といったライフサイクル全体を通じて、公文書管理法の定める行政文書管理の原則に従う必要があります。
3.2 管理簿とカタログ
公文書管理法に基づく行政文書ファイル管理簿は、行政機関が保有する行政文書を体系的に把握し、国民の利用に供するためのものです。一方、オープンデータカタログサイトは、公開されているオープンデータセットの一覧やメタデータを提供し、利用者の探索を支援するためのものです。両者は異なる目的と粒度を持ちますが、行政文書ファイル管理簿の情報が、オープンデータとなりうるデータの把握に役立ち、逆にオープンデータカタログの情報が、関連する行政文書ファイルの特定につながるなど、相互に連携する可能性があります。管理簿への記載項目やデータカタログのメタデータの標準化において、両制度の整合性を考慮することが望まれます。
3.3 歴史的資料としての利用とオープンデータの二次利用
公文書管理法は、歴史資料として重要な公文書等を国立公文書館等へ移管し、永続的な保存と利用を図ることを定めています。これは、過去の行政活動の記録を後世に残し、学術研究等に資することを目的としています。オープンデータもまた、特定の時点における行政機関の活動を示す記録として、将来的に歴史的な価値を持つ可能性があります。オープンデータの提供形式や保存方法において、公文書管理法の長期保存や利用に関する規定との整合性を考慮し、将来的な歴史資料としての利用可能性を排除しないような配慮が求められます。
4. 実務上の留意点
弁護士が行政機関のデータオープン化や関連する情報公開・文書管理に関する相談を受ける際には、以下の点を留意する必要があります。
4.1 公開基準・ポリシーの策定支援
行政機関がデータオープン化を進めるにあたり、どのようなデータを、どのような基準で、どのような形式で公開するかを定めたポリシー策定は極めて重要です。この際、情報公開法上の非開示情報や公文書管理法上の管理区分との整合性を確保する必要があります。弁護士は、個人情報保護法、著作権法、不正競争防止法、さらには自治体条例など、関連法令との関係性を整理し、実効性のあるポリシー策定を支援することが求められます。特に、非個人情報化や匿名加工情報の取り扱いについては、最新の個人情報保護法の解釈を踏まえた適切なアドバイスが不可欠です。
4.2 データ加工処理の適法性評価
オープンデータ公開のために実施される匿名化、仮名化、集計等のデータ加工処理が、個人情報保護法等の法令を遵守しているか、再識別リスクを適切に低減できているか、といった点について、専門的な評価が必要となる場合があります。特に、複数のオープンデータセットや他の公知情報と照合した場合の再識別リスクについては、技術的な知見も踏まえた検討が求められます。弁護士は、技術専門家と連携しつつ、法的な観点から加工処理の適切性を判断する必要があります。
4.3 利用者からの指摘・異議への対応
オープンデータ公開後、利用者からデータに含まれる非公開情報の指摘や、データの正確性に関する異議が寄せられる可能性があります。また、情報公開請求において、オープンデータ化されていないデータや、オープンデータとして提供されているデータに含まれる非公開部分の開示を求める請求が発生し得ます。行政機関は、これらの指摘や請求に対し、情報公開法、個人情報保護法、そしてオープンデータポリシーに基づき適切に対応する必要があります。弁護士は、これらの制度間の関係性を整理し、行政機関の適法かつ適切な対応を支援することになります。
4.4 オープンデータ公開拒否・遅延に関する法的検討
行政機関が特定のデータのオープンデータ化を不当に拒否したり、合理的な理由なく遅延させたりする場合、これを是正する法的な手段は限定的です。オープンデータ推進は義務化されていますが、特定のデータセットの公開を個別に強制する直接的な手段は必ずしも明確ではありません。しかし、対象データが情報公開法上の「行政文書」に該当し、かつ非開示情報を含まない、または適切に部分開示可能である場合には、情報公開請求という手段が有効となり得ます。弁護士は、ケースバイケースで情報公開請求や行政不服審査、訴訟といった法的手段の可能性を検討し、クライアントにアドバイスを提供することが求められます。
結論
行政機関のデータオープン化は、情報公開制度や公文書管理制度といった既存の枠組みと密接に関連しつつも、その目的、手法、利用形態において異なる側面を持ちます。情報公開法は個別の開示請求に基づく受動的な公開、公文書管理法は行政文書の適切な管理を主眼とするのに対し、オープンデータ推進は能動的なデータ公開と二次利用促進に重点を置いています。
これらの制度は相互に排他的なものではなく、連携を強化することで、行政の透明性向上とデータ活用を一層効果的に進めることが可能です。行政機関は、各制度の趣旨を踏まえ、公開基準やデータ管理ポリシーを策定・運用する必要があります。弁護士は、行政機関やデータ利用企業に対して、これらの制度間の関係性を正確に理解し、法令遵守に基づいた適切なデータ取り扱い、公開、利用に関する専門的なアドバイスを提供することで、オープンデータエコシステムの健全な発展に貢献することが期待されます。今後も、データ活用の進展に伴い新たな法的論点が生じる可能性があり、継続的な情報収集と専門知識の更新が重要となります。