オープンデータ利用における不正行為への法的対応:利用規約違反、著作権、プライバシー侵害と損害賠償・差止めの論点
はじめに
オープンデータの普及は、社会経済活動の活性化、イノベーションの促進、行政の透明性向上に大きく貢献しています。しかしながら、その利用が拡大するにつれて、提供者が意図しない方法での利用や、提供条件に違反する利用、あるいはデータに含まれる情報に関する法的問題が生じるリスクも増加しています。これらの「不正利用」ともいえる行為は、オープンデータのエコシステム全体の信頼性を損なう可能性があり、法的観点からの適切な理解と対応が不可欠となります。
本稿では、オープンデータ利用における主な不正行為の類型を整理し、それぞれの行為に対する法的な構成、提供者及び利用者がとりうる法的対応(特に損害賠償請求や差止請求)について解説します。弁護士の皆様が、クライアントからの相談に対し、これらのリスクを評価し、適切なアドバイスや実務対応を行うための一助となれば幸いです。
オープンデータ利用における不正行為の主な類型と法的構成
オープンデータ利用における不正行為は多様ですが、代表的なものとして以下の類型が挙げられます。
1. 利用規約(ライセンス)違反
オープンデータは、特定の利用条件(利用規約やライセンス)の下で提供されることが一般的です。これらの条件には、データの帰属表示義務、改変の許諾範囲、二次的著作物の提供条件(例:CC BYライセンスにおける継承)、営利利用の可否、特定の目的外利用の禁止などが定められています。
利用者がこれらの条件に違反した場合、これはオープンデータ提供者との間の利用契約(利用規約への同意によって成立すると解される)における債務不履行となりえます(民法第415条)。また、ライセンスが著作権法上の利用許諾の性質も有する場合、ライセンス違反は著作権侵害に該当する可能性も生じます。
法的構成としては、利用規約は私法上の契約として効力を持ち、その違反は契約違反責任を問われることになります。提供者側は、違反者に対して利用の差止めや、損害賠償請求を行うことが考えられます。特に、データが著作物性を有し、かつ利用規約が著作権法上のライセンスとして機能している場合は、後述する著作権侵害の問題としても捉えることができます。
2. 著作権侵害
提供されるオープンデータの中には、著作権法上の「著作物」に該当するもの、例えば写真、図形、文章、またはデータベースの著作物、編集著作物などが含まれる可能性があります。これらの著作物を含むデータを、ライセンス条件を超えて複製、翻案、公衆送信等を行った場合、著作権侵害となります(著作権法第21条以下)。
特に、オープンデータとして提供される統計データや地理空間情報、名簿などは、その素材の選択又は配列によって創作性を有する「編集著作物」や「データベースの著作物」として著作権法による保護を受けうる点に留意が必要です(著作権法第2条第1項第13号、第12条)。単なる事実の羅列であっても、加工や組み合わせによって新たな表現が生じている場合は著作物性が認められる可能性があります。
提供者が明示しているライセンスが著作権法上の利用許諾(著作権法第63条)である場合、利用者はそのライセンスの範囲内でのみ、著作権法上の権利が制限された状態で著作物を利用できます。ライセンスで認められていない利用は、許諾の範囲外として著作権侵害となります。
3. プライバシー侵害・個人情報保護法違反
オープンデータは原則として非個人情報として提供されるべきですが、誤って個人情報が含まれてしまったり、他の情報源と容易に照合できる形で提供されたりするリスクはゼロではありません。また、提供データ単体では個人情報に該当しなくても、利用者が他のデータと組み合わせる(名寄せ等)ことで特定の個人を識別可能にし、その情報を不適切に利用するリスクも存在します。
このような場合、データに含まれる個人に関する情報は、プライバシー権(憲法第13条)侵害となりうるほか、個人情報保護法に違反する可能性があります。個人情報保護法においては、個人情報取扱事業者が偽りその他不正の手段により個人情報を取得すること(第17条)、利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱うこと(第18条)、不適正な方法により個人情報を利用すること(第20条)、個人データを本人の同意なく第三者に提供すること(第27条)等が禁止されています。
オープンデータ提供者側は、個人情報保護法に基づき、個人情報の含まれない形でデータを提供するための適切な匿名化・非識別化処理を行う義務があります(行政機関等については、行政機関個人情報保護法等に基づき同様の義務を負います)。他方、オープンデータ利用者は、提供されたデータが個人情報に該当しないか、他の情報との組み合わせにより個人情報となりうるかを適切に判断し、個人情報保護法その他の関連法令を遵守する義務を負います。特に、提供データが個人情報に該当しないとしても、不適正な方法による利用は個人の権利利益を侵害する可能性があるため、倫理的な配慮も重要です。
4. その他の不正行為
上記の他、オープンデータの利用に関連して以下のような不正行為も理論上考えられます。
- 不正競争防止法違反: オープンデータを不適切に利用して、他者の営業上の信用を害したり、誤認を生じさせたりする行為(例:オープンデータを加工して自社のサービスとして提供する際に、出典を偽る、品質を保証するかのような誤解を与える表示を行う)。
- サイバーセキュリティ関連法規違反: オープンデータへのアクセス方法が不正アクセス行為の禁止等に関する法律に抵触する場合(例:正規のアクセス方法を回避して大量データを取得するスクレイピング行為等で、ウェブサイト側の保護措置を突破した場合)。
- 刑法等: オープンデータ提供システムの機能に不正な変更を加えたり、提供データを改ざんしたりする行為(例:電子計算機損壊等業務妨害罪)。
法的責任と救済手段
不正利用が行われた場合、提供者または権利侵害を受けた第三者は、不正行為を行った利用者に対して以下の法的責任を追及し、救済手段を求めることが可能です。
1. 損害賠償請求
不正利用によって損害を被った者は、不正行為を行った者に対し、その損害の賠償を請求することができます。
- 利用規約違反: 債務不履行に基づく損害賠償請求(民法第415条)。違反によって提供者が被った直接的な損害(例:利用規約で禁止された営利利用により提供者が機会損失を被った場合)、または違反状態を是正するために要した費用等が損害として考えられます。
- 著作権侵害: 著作権法第114条に基づき、著作権者は侵害行為により受けた損害の賠償を請求できます。同条には、損害額の推定規定(侵害者が得た利益額、著作権者が受けえたであろう使用料相当額等)が設けられており、損害額の立証負担を軽減する配慮がなされています。不法行為(民法第709条)としても構成可能です。
- プライバシー侵害・個人情報保護法違反: 不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償請求が可能です。プライバシー侵害の場合は、精神的苦痛に対する慰謝料請求が中心となります。個人情報保護法に違反して個人情報を取り扱った事業者に対しては、損害賠償請求のほか、個人情報保護委員会からの勧告・命令等の行政上の措置も存在します(個人情報保護法第42条以下)。
- その他の不正行為: 不正競争防止法、刑法等の特別法に罰則規定がある場合や、民法上の不法行為として損害賠償請求が可能です。
2. 差止請求
将来にわたる不正利用の継続を阻止するため、差止請求を行うことも重要な救済手段です。
- 利用規約違反: 契約違反に基づく差止請求。利用規約において、違反した場合の利用停止等を明記している場合は、その請求の根拠となります。
- 著作権侵害: 著作権法第112条に基づき、著作権者はその著作権を侵害する行為を行う者に対し、侵害の停止又は予防を請求することができます。侵害の行為によって作成された物の廃棄等、侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することも可能です。
- プライバシー侵害: 人格権としてのプライバシー権に基づき、その侵害行為に対して差止請求が認められる場合があります。特に、不特定多数に対して個人情報が公開され続ける状況など、重大な権利侵害に対して有効な手段となります。
- 不正競争防止法違反: 不正競争防止法第3条に基づき、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その侵害の停止又は予防を請求することができます。
3. その他の法的対応
- 刑事告訴・告発: 著作権侵害(著作権法第119条)、不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反(第8条)、刑法犯等については、犯罪が成立する場合、刑事告訴・告発を行うことが考えられます。
- 行政機関への申告: 個人情報保護法違反については、個人情報保護委員会への申告(個人情報保護法第42条)や、監督官庁への情報提供を行うことも可能です。
- 紛争解決手続き: 訴訟の他に、ADR(裁判外紛争解決手続)や仲裁などの手続きを利用することも選択肢となります。
弁護士が実務上留意すべき点
オープンデータ利用に関する不正行為への法的対応において、弁護士は以下の点に留意する必要があります。
- 事実認定の困難性: インターネット上でのデータ利用に関する不正行為は、行為者の特定や、具体的な利用状況・損害の立証が難しい場合があります。証拠保全やデジタルフォレンジックの知識が必要となることがあります。
- ライセンス・利用規約の解釈: オープンデータのライセンスや利用規約は多様であり、その法的性質や条項の正確な解釈が不可欠です。特に、Creative Commonsライセンス等の国際的なライセンスが適用されている場合は、その国際的な解釈慣行も考慮する必要があります。
- 行政機関データの特殊性: 提供者が行政機関である場合、国家賠償法や行政機関個人情報保護法等、一般の民間事業者とは異なる法規が適用される可能性があります。また、情報公開制度との関係も検討が必要です。
- 複数の法的構成: 一つの不正行為が、利用規約違反、著作権侵害、不法行為等、複数の法的構成要素を含む場合があります。クライアントの状況に応じて、最も効果的な請求根拠を選択する必要があります。
- 予防策の重要性: 不正利用が発生してからの対応だけでなく、提供者に対しては適切な利用規約・ライセンスの設計、匿名化措置の実施、利用者に対しては利用データの確認、利用規約の遵守徹底といった予防策に関するアドバイスが極めて重要です。
結論
オープンデータ利用における不正行為は、利用規約違反、著作権侵害、プライバシー侵害など、多様な類型があり、それぞれに複雑な法的論点が含まれています。これらの不正行為に対しては、損害賠償請求や差止請求をはじめとする様々な法的救済手段が存在しますが、その適用には個別の事案における詳細な事実認定と、関係法令及びライセンスの正確な解釈が求められます。
弁護士としては、オープンデータに関する最新の法制度や技術動向を常に把握し、提供者側・利用者側の双方の立場から、潜在的なリスクを評価し、実効性のある法的アドバイスを提供できる専門性を磨くことが、今後の実務においてますます重要となるでしょう。本稿が、そのための基礎的な知識の整理の一助となれば幸いです。