オープンデータの誤謬・不正確性に基づく損害賠償請求の可否:国家賠償法、不法行為等の適用論点
オープンデータの利活用は、行政の透明性向上、経済の活性化、社会課題の解決に貢献するものとして期待されています。官民データ活用推進基本法に基づき、国や地方公共団体においてデータの公開が進められており、民間事業者によるデータ公開の動きも活発化しています。しかしながら、公開されたオープンデータに誤りや不正確性が含まれていた場合、これを利用した主体や、さらにそのデータに基づいてサービスを受けた第三者に損害が発生するリスクが内在します。本稿では、このようなオープンデータの誤り・不正確性に起因する損害が発生した場合における損害賠償請求の可能性について、提供主体別に法的論点を整理し、検討いたします。
オープンデータにおける誤り・不正確性の意義
オープンデータにおける「誤り」や「不正確性」は、様々な態様を取り得ます。例えば、データの入力ミス、古い情報が更新されていないこと、データ処理過程における不具合、メタデータ(データの定義や形式を示す情報)の不足や誤り、複数のデータセットを結合した際に生じる矛盾などが考えられます。法的な責任論を検討する際には、どのような状態をもって「誤り」あるいは「不正確性」と評価するかが重要な前提となります。単なる最新性の欠如が直ちに不正確性に当たるか、利用者が容易に確認できる誤りであったかなど、具体的な状況に応じた判断が必要となります。
提供者の法的責任論
オープンデータの誤り・不正確性に起因する損害が発生した場合、データの提供者が法的責任を負うかどうかが主な論点となります。提供者の種別(行政機関か民間事業者か)によって、適用され得る法的な構成が異なります。
行政機関が提供する場合
行政機関がオープンデータを提供した場合、そのデータに誤り・不正確性があり損害が生じたときは、国家賠償法の適用が検討される可能性があります。
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国家賠償法第1条(公権力の行使)の適用可能性 オープンデータの提供行為が国家賠償法第1条にいう「公権力の行使」に当たるかどうかが問われます。データ公開自体が法に基づき義務付けられている場合や、公開が特定の目的のために強制力を伴うかのような性質を持つ場合には、「公権力の行使」に該当する可能性が議論されます。ただし、一般的には、情報提供は私経済主体としての活動や事実行為と解されることも多く、その該当性は事案ごとに慎重な判断が必要です。 仮に「公権力の行使」に当たると評価される場合、賠償請求には公務員に故意または過失があり、かつ当該行為が違法であることが必要です。オープンデータの提供において「違法」と評価されるかは、データの種類、誤りの内容・程度、公開基準の有無・内容、提供者の注意義務違反の有無などが考慮されます。例えば、データ収集・加工・公開プロセスにおける明らかな過失や、定められた品質基準・更新義務を怠った場合などが該当し得ます。
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国家賠償法第2条(公の営造物の設置管理の瑕疵)の適用可能性 公開されたデータセットやデータ提供システムを「公の営造物」と捉え、その「設置または管理の瑕疵」による損害として国家賠償法第2条の適用が検討される可能性も全くないわけではありませんが、データそのものを物理的な営造物と同様に捉えることは困難であり、この構成を採ることは一般的ではないと考えられます。むしろ、提供システム自体の不具合による損害であれば、システムの設置管理の瑕疵として第2条が適用される余地があります。
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情報公開制度との関係 情報公開法に基づく情報公開請求によって開示された情報に誤りがあった場合とは異なり、オープンデータは通常、情報公開請求を待たずに広く一般に提供されるものです。したがって、情報公開法上の開示義務違反とは別の問題として、オープンデータ提供自体の問題として捉えることになります。
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免責規定・利用規約の有効性 行政機関がオープンデータを提供する際に定める利用規約等において、データの誤りに関する免責規定を置くことが一般的です。これらの免責規定が、国家賠償法に基づく責任をどこまで免除し得るかは法的な論点となります。国家賠償法は公権力の行使による損害に対する救済を目的とするものであり、その趣旨から、提供者の軽過失を超えた重大な過失や悪意による情報提供に関する責任を、一方的な規約で免除することには限界があると考えられます。
民間事業者が提供する場合
民間事業者がオープンデータ(企業が自主的に公開する非個人情報データ等)を提供した場合、損害賠償責任は主に民法に基づく不法行為責任または契約責任として検討されます。
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不法行為責任(民法第709条等) データの提供に当たり、提供者に過失があった場合、不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。ここでいう「過失」とは、社会通念上要求される注意義務に違反したことを指します。オープンデータの提供における注意義務の範囲は、データの種類、想定される利用方法、データの重要性、提供者がデータ誤りのリスクを認識できたか、誤りを発見・修正するコストなどを考慮して判断されるでしょう。また、損害賠償請求には、提供者の過失と発生した損害との間に因果関係があることが必要です。
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契約責任(債務不履行責任) オープンデータの提供が、利用規約という一種の契約に基づいて行われる場合、提供されたデータに誤りがあったことが債務不履行(民法第415条)に当たるかが問題となります。利用規約においてデータの正確性に関する保証条項があるか、または黙示的に正確性が保証されていると解されるかが論点です。多くの場合、利用規約にはデータの正確性に関する免責規定が設けられています。これらの免責規定の有効性は、消費者契約法等の強行法規に違反しない限りにおいて認められる可能性がありますが、公序良俗違反(民法第90条)などにより無効となる場合もあり得ます。
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製造物責任法(PL法) データそのものを製造物責任法における「製造物」と捉えることは、現状の日本の法解釈においては困難です。製造物責任法は、物理的な欠陥によって生じた損害に対する責任を定めるものであり、情報やデータは通常、この枠組みには含まれません。
利用者の法的責任論
オープンデータの利用者は、提供されたデータに誤り・不正確性が含まれている可能性を認識し、適切な注意を払うべき義務を負う場合があります。
- 利用者の注意義務 利用者は、データの性質や想定される利用方法に応じて、そのデータの正確性を確認するなどの注意義務を負うことがあります。例えば、重要な判断に利用する場合や、その利用によって第三者に損害を与える可能性がある場合には、より高度な注意義務が要求されるでしょう。利用者がこの注意義務を怠り、データの誤りによって損害を被った場合、提供者に対する請求において過失相殺(民法第722条第2項等)が適用される可能性があります。
- 第三者に対する責任 利用者がオープンデータの誤りに気づかずに、そのデータを用いたサービスを提供し、第三者に損害を与えた場合、当該利用者は第三者に対して不法行為責任等を負う可能性があります。この場合、利用者が提供者に対して求償できるかどうかが、提供者と利用者間の法的関係において問題となります。
損害賠償請求の実務上の課題
オープンデータの誤り・不正確性に基づく損害賠償請求を実務上進める際には、いくつかの課題が存在します。
- 損害の特定と立証 オープンデータの利用によって生じた損害(例えば、経済的損失、機会損失など)を具体的に特定し、その金額を立証することは容易ではありません。
- 因果関係の立証 発生した損害が、特定のオープンデータの特定の誤り・不正確性によって引き起こされたことを立証する必要があります。データの利用過程が複雑であったり、他の要因も影響していたりする場合、因果関係の立証は困難を伴います。
- 提供者の過失の立証 不法行為や国家賠償法における提供者の過失を立証するためには、提供者がデータの誤りを認識または認識可能であったこと、あるいは適切な品質管理プロセスを怠ったことなどを示す証拠が必要です。
- 免責規定の解釈と適用 提供者側の利用規約等に定められた免責規定の有効性や、特定の事案における適用範囲が争点となることが多く、その解釈が重要となります。
まとめと今後の展望
オープンデータの誤り・不正確性に起因する損害賠償責任は、提供主体や事案の性質によって適用される法規範や責任構成が異なり、複雑な検討を要する論点です。行政機関が提供するデータの場合は国家賠償法、民間事業者の場合は民法上の不法行為責任や契約責任が主な法的根拠となり得ます。しかし、いずれの場合も、責任を認めるためには、提供者の違法性や過失、損害とデータ誤りとの間の因果関係といった要件を充足する必要があります。特に、国家賠償法における「公権力の行使」性の判断や、行政機関・民間事業者双方の「過失」または注意義務の範囲、そして免責規定の有効性は、今後の裁判例の集積や学説の発展が待たれるところです。
弁護士としては、事案ごとに提供主体、データの内容・性質、誤りの態様、利用者の注意義務、発生した損害の内容等を詳細に分析し、適用され得る法的構成と立証の可能性を慎重に検討することが求められます。オープンデータの利活用が拡大するにつれて、関連する法的紛争も増加する可能性があり、今後の動向を注視していく必要があります。