オープンデータを証拠として利用する際の法的有効性と信用性:弁護士が検討すべき取得・提出・評価の論点
はじめに
近年、行政機関や民間主体によるデータ公開が進み、様々な分野でオープンデータが活用されるようになりました。この流れは、訴訟その他の法的手続においても、新たな証拠資料としてオープンデータを活用する可能性を示唆しています。客観性、公共性、網羅性といったオープンデータの特性は、事実認定の精度向上に貢献し得る一方で、その取得方法、真正性、正確性、そして証拠としての提出・評価における法的課題も少なくありません。
本稿では、弁護士が訴訟実務においてオープンデータを証拠として利用することを想定し、その法的有効性、信用力の評価、およびデータの取得・提出に際して検討すべき論点について解説します。
オープンデータを証拠として利用することの意義
オープンデータは、特定の個人や組織に偏らず、公共の利益のために公開される性質を有することが多く、その出所や収集方法が透明化されている場合が少なくありません。例えば、行政機関が公開する統計データ、気象データ、地理空間情報、登記・許認可情報の一部などは、その公共性や信頼性が比較的高く評価される可能性があります。
これらのデータを訴訟において証拠として利用することにより、個別の証人の記憶や主観に依拠することなく、客観的な事実に基づいた主張・立証を行うための強力な根拠となり得ます。また、広範なデータセットを利用することで、個別事案の背景にある社会経済的な動向や、特定の現象の傾向性・蓋然性を立証するために役立つことも期待されます。
オープンデータの証拠能力と証明力
オープンデータを証拠として提出する場合、まず民事訴訟法や刑事訴訟法における証拠の原則に従う必要があります。
証拠能力
- 伝聞証拠該当性: オープンデータ自体が、人の陳述を内容とするものである場合(例:アンケート調査の結果をそのまま公開したデータセット)、伝聞証拠として排除される可能性があります。しかし、統計データのように、個々の陳述を統計的手法で集計・分析した結果そのものである場合や、機械的な記録データである場合は、伝聞証拠にはあたらないと考えられます。行政機関が職務上作成した統計データなど、公文書に該当するものは、特に問題なく証拠能力が認められることが多いでしょう。
- 書証としての形式: オープンデータは、ウェブサイト上での公開、API経由での提供、CSV/JSON形式でのファイルダウンロードなど、様々な形態で提供されます。これを証拠として提出する際には、多くの場合、書証(文書または電磁的記録)として提出することになります。公開されたウェブページの印刷物や、ダウンロードしたデータを加工して作成した文書等は、その性質に応じて公文書または私文書として扱われます。電磁的記録自体を提出することも可能であり、その場合は電磁的記録に関する証拠調べの方法に従います。
証明力
オープンデータの証拠としての価値、すなわち証明力は、そのデータの信頼性に大きく依存します。証明力を判断する上で、弁護士は以下の点を検討する必要があります。
- データの出所と作成主体: 公的機関(国、地方公共団体、独立行政法人等)が職務上作成したデータは、一般的に高い信頼性が認められやすい傾向にあります。特に統計法に基づいて作成された統計データなどは、その作成プロセスが法令で定められており、高い信頼性が推定される場合があります。民間主体が公開するデータについても、その団体の信頼性、データ作成の専門性などが考慮されます。
- データの収集・加工方法: データがどのように収集され、どのようなプロセスを経て加工・匿名化され、公開に至ったのかという過程の透明性と適切性が証明力に影響します。例えば、特定の目的のために恣意的にデータを選別したり、不適切な手法で加工されたりしたデータは、証明力が低いと評価される可能性があります。
- データの真正性: 提出されたデータが、公開された時点のオリジナルのデータと同一であり、改ざんされていないことの証明が必要です。行政機関等が公開するデータポータルやAPIから直接取得した場合、その真正性は比較的高く担保されると考えられますが、私的なウェブサイトから取得した場合などは、その真正性を別途証明する必要が生じることがあります。ブロックチェーン技術などを利用してデータの改ざん履歴を記録している場合は、真正性の証明を容易にする可能性があります。
- データの正確性: データに含まれる誤謬や不正確性の程度も証明力に影響します。公開されているデータが必ずしも完全に正確であるとは限りません。誤った数値や、データの収集・入力過程におけるエラーが含まれている可能性を考慮し、他の証拠との整合性や、データの注意書き・メタデータに含まれる免責事項などを確認する必要があります。
- データの最新性・網羅性: 事実認定の対象となる時期や範囲との関連で、データが十分に最新であるか、または必要な範囲を網羅しているかも証明力に影響します。古いデータや、一部しか公開されていないデータでは、現在の状況や全体像を証明する上で不十分であると評価される可能性があります。
- 利用規約・ライセンス: データ公開時に付与されているライセンスや利用規約の内容も確認が必要です。特定の目的(例:学術研究)に限定されているデータを商用利用を前提とする訴訟の証拠として利用することの可否が問題となる場合や、データの利用・加工に関する制約が証明力に影響を与える場合があります。
オープンデータ取得・利用における法的留意点
訴訟のための証拠としてオープンデータを取得・利用する際には、以下の法的論点に注意が必要です。
- 取得方法の適法性:
- ウェブスクレイピング: 公開されている情報を自動的に収集するスクレイピング行為は、原則として適法と解されていますが、データの提供主体の利用規約に違反する場合や、サーバーに過大な負荷をかける行為は、契約違反、不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反、または偽計業務妨害等に該当する可能性があります。特に、証拠収集目的であっても、違法な手段で取得されたデータは、証拠能力が否定されたり、証拠として採用しないよう裁判所に求められたりするリスクがあります。
- 情報公開請求との比較: 公開されているオープンデータだけでなく、情報公開法や自治体の情報公開条例に基づき、行政文書の開示請求を行うことも可能です。公開情報よりも詳細なデータが必要な場合や、オープンデータとしては公開されていないデータが必要な場合に有効な手段となります。開示された行政文書は、その作成目的や経緯が明確であり、証拠としての信頼性が高いと考えられます。ただし、開示までに時間を要すること、不開示情報(個人情報、法人等の正当な利益を害する情報など)は開示されないことに留意が必要です。
- 利用範囲とライセンス・利用規約: オープンデータの利用は、基本的に提供主体が付与するライセンスまたは利用規約に従う必要があります。多くのオープンデータは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC BY等)や政府標準利用規約に基づいて公開されていますが、個別のデータセットによっては独自の利用規約が設定されている場合があります。証拠としての利用が、これらのライセンスや利用規約で制限されていないか確認が必要です。特に、著作権表示義務、改変の可否、商用利用の可否などが重要な論点となります。
- プライバシー・個人情報保護: オープンデータは原則として個人情報を含まない形で提供されますが、他のオープンデータや公知の情報と組み合わせることで、特定の個人を再識別できてしまうリスク(再識別リスク)が存在します。このような再識別行為や、再識別された個人情報の訴訟における利用は、個人情報保護法に違反する可能性があります。また、再識別によって得られた情報を証拠として提出することが、証拠排除の対象となる可能性も検討が必要です。弁護士は、取得・利用するオープンデータに再識別リスクがないか、十分に検討する義務があります。
- 著作権: オープンデータとして公開されている情報の中には、著作権の対象となるものが含まれる場合があります(例:統計グラフ、地図、画像、データベース自体など)。著作権法上、「公正な慣行に合致」し、「引用の目的上正当な範囲内」であれば、引用として著作権者の許諾なく利用できます(著作権法第32条)。訴訟における証拠としての提出・利用が引用に該当するかどうかは解釈の余地がありますが、著作権侵害を回避するためには、提供されているオープンデータライセンスに従い、適切に著作権者の表示を行うなどの配慮が推奨されます。
証拠提出時の実務上の留意点
オープンデータを証拠として裁判所に提出する際には、単にデータを出力して提出するだけでなく、以下の点を考慮することが重要です。
- データの特定と提出方法: どの時点の、どのオープンデータセットを利用しているのかを明確に特定する必要があります。ウェブサイトからの取得であればURLと取得日時、ファイルであればファイル名とハッシュ値などを記録しておくことが望ましいでしょう。提出方法としては、データの重要性や性質に応じて、紙媒体に出力した書証、CD-RやDVD-Rに保存した電磁的記録、または裁判所のシステムを利用した提出などが考えられます。データ量が膨大な場合は、要約や抽出データを提出し、必要に応じて原データを開示するなどの対応も検討が必要です。
- 証明力の根拠の説明: データの証明力を高めるため、そのデータがどのように収集・加工され、誰によって公開されているのか、信頼できるデータであると言える根拠は何か(例:統計法に基づく統計であること、ISO規格に準拠した品質管理が行われていることなど)を、主張書面や証拠説明書において具体的に説明することが重要です。必要に応じて、データ作成主体からの説明書や証明書を添付することも有効です。
- 反対尋問への対応: 相手方から、データの不正確性、収集方法の偏り、再識別リスク、真正性の疑義などについて反対尋問が行われる可能性があります。これらの論点について事前に十分に検討し、反論の準備をしておく必要があります。
関連する判例・学説の動向
現時点では、オープンデータ自体を主要な証拠としてその法的有効性や信用性が争点となった最高裁判例は少ない状況です。しかし、デジタルデータの証拠能力や証明力に関する議論は、従来の伝聞証拠の概念の見直しや、電磁的記録の真正性の証明方法など、広く行われています。行政機関が作成した統計データや公表資料が訴訟で証拠として提出されることはこれまでもあり、その際の証拠能力や証明力の判断枠組みが参考となります。今後、オープンデータ活用が進むにつれて、これを証拠として利用する際の具体的な判断基準が判例や学説によって確立されていくものと考えられます。
結論
オープンデータは、訴訟実務において客観的な事実を立証するための有力な証拠となり得る可能性を秘めています。しかし、その証拠としての利用にあたっては、データの出所、収集・加工方法、真正性、正確性、そして利用規約やプライバシー・個人情報保護に関する様々な法的論点を慎重に検討する必要があります。
弁護士は、オープンデータを証拠として活用する可能性を追求する一方で、その取得方法の適法性、データの信頼性の評価、そして証拠提出時の適切な説明に十分な注意を払うことが求められます。オープンデータに関する最新の法規制や技術動向を継続的に把握し、実務への応用可能性を探ることが、今後の弁護活動において益々重要となるでしょう。