オープンデータ公開におけるデータベース著作権の法的課題:集合著作物・二次的著作物との関係性
はじめに
官民データ活用推進基本法の施行以来、行政機関のみならず多くの民間事業者においても、データのオープン化に対する関心が高まっております。データのオープン化は、新たなサービス開発やイノベーションの促進に繋がる重要な取り組みですが、その実施にあたっては様々な法的課題への適切な対応が不可欠となります。中でも、提供しようとするデータが著作権法上の「データベースの著作物」に該当する場合の権利処理は、特に慎重な検討を要する論点の一つです。
多くのオープンデータは、複数の情報を体系的に集積し、検索可能な形式で提供されることが一般的です。このようなデータ構造は、著作権法第2条第1項第10号の3に規定される「データベースの著作物」に該当する可能性があります。データベースの著作権は、個々の情報自体ではなく、その情報の選択または体系的な構成によって創作性が認められる場合に発生します。本稿では、オープンデータ公開において提供者が直面するデータベース著作権に関する法的課題について、集合著作物や二次的著作物との関係性を含め、実務上の留意点を解説いたします。
データベースの著作物とは
著作権法第2条第1項第10号の3は、「データベースの著作物」を「論文、数値、図形その他の情報の集合物であつて、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものをいう」と定義しています。さらに、同法第12条の2第1項は、データベースの著作物の保護要件として「情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するもの」である必要があると定めています。
この定義及び保護要件から、データベースの著作物として保護されるためには、以下の要素が満たされる必要があります。
- 情報の集合物であること: 論文、数値、図形など、性質を問わない様々な情報の集まりであること。
- 電子計算機を用いて検索できること: 電子的に処理され、特定の基準に基づいて情報を検索・抽出できる機能があること。
- 体系的に構成されていること: 情報がある規則性をもって配列・分類されていること。
- 情報の選択または体系的な構成に創作性があること: 個々の情報自体の内容ではなく、どのような情報を選び、どのように並べたり分類したりするか、といった点に提供者の個性が発揮されていること。
単に情報を寄せ集めただけ、あるいは機械的な基準で羅列しただけのデータベースは、この「創作性」の要件を満たさず、著作権法による保護の対象とならない可能性があります。例えば、電話帳のように特定の基準に基づき機械的に作成された名簿などは、通常、データベース著作物とは認められません。
集合著作物・二次的著作物との関係性
オープンデータとして公開されるデータセットは、データベース著作物と見なされることが多いですが、その構造や内容によっては、他の著作物の形態との関係も考慮する必要があります。
集合著作物(編集著作物)との関係
著作権法第2条第1項第11号に規定される「編集著作物」は、素材の選択又は配列によって創作性を有するもので、データベース著作物はこの編集著作物の一種と位置づけられます(著作権法第12条第1項)。ただし、データベース著作物は、編集著作物のうち「電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」に限定される、より狭義の概念です。
オープンデータとして提供されるデータセットは、多くの場合、検索可能性と体系的構成を前提としているため、データベース著作物に該当することが多いと考えられます。しかし、例えば、特定のテーマに関する論文集や写真集のように、体系的な構成ではあるが必ずしも電子計算機による検索が主目的ではないようなデータ集合体も存在し得ます。これらの集合体が素材の選択または配列に創作性を有する場合には、データベース著作物ではなく広義の編集著作物として保護される可能性があります。オープンデータとして提供するデータの性質を適切に判断し、どちらの保護を受ける可能性があるかを検討することが重要です。
二次的著作物との関係
著作権法第2条第1項第11号に規定される「二次的著作物」は、既存の著作物(原著作物)を翻訳、編曲、変形、翻案等により創作した著作物です。オープンデータとして提供されるデータベースの中に、既に著作権が発生している情報(例えば、特定の報告書の一部、写真、イラスト、地図、統計グラフなど)が含まれている場合があります。
このような場合、データベース全体がデータベース著作物として保護されるかどうかの判断とは別に、データベースを構成する個々の情報が原著作物として著作権を有しているかを検討する必要があります。データベースの提供者は、データベースを構築する際に第三者の著作物を利用している場合、原則として原著作権者の許諾を得る必要があります。許諾を得ずに利用した場合、データベース全体の公開が原著作権に対する侵害となるリスクが生じます。オープンデータライセンスによって二次利用を許諾する場合も、そのライセンスはあくまでデータベース著作権に関するものであり、個別の情報に含まれる原著作権の利用を許諾するものではない点に留意が必要です。
オープンデータ公開における著作権処理の実務的課題
オープンデータとしてデータベースを公開する際には、提供者が直面する実務的な課題がいくつかあります。
含まれる個別の情報の著作権処理
提供するデータベースの中に、個々の情報として写真、文章、図表、音声、動画などの著作物が含まれている場合、それぞれの著作物に対する著作権処理が課題となります。これらの情報が提供者自身の著作物(例えば行政機関職員や企業従業員が職務上作成したもの)であり、職務著作として提供者に著作権が帰属している場合は問題ありません。しかし、外部から取得したデータや、他者が作成した著作物が含まれている場合は、権利関係を確認し、オープンデータとしての公開に必要な許諾を得る必要があります。
第三者の著作物が含まれる場合の権利処理
データベースに含まれる情報の中に、権利関係が不明確な第三者の著作物が多数含まれている場合、全ての権利者から許諾を得ることは現実的に困難な場合があります。特に、古いデータセットや様々なソースから集積されたデータセットにおいて、この問題は顕著になり得ます。権利処理ができていない状態で公開した場合、著作権侵害のリスクを負うことになります。
この課題への対応策としては、権利がクリアな情報のみを公開する、権利者不明の情報を除く、あるいは権利者不明の著作物の利用に関する特別な措置(権利情報集約機関の活用など)を検討することが考えられます。ただし、既存の権利制限規定(引用、報道目的の利用など)がオープンデータ公開の目的や態様にそのまま適用できるか否かは慎重な検討が必要です。
ライセンス選択と利用規約
オープンデータを公開する際には、一般的にクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)などのオープンライセンスが付与されます。CCライセンスは、著作権者が著作物を自由に利用させることを目的としたライセンスであり、表示(BY)、非営利(NC)、改変禁止(ND)、継承(SA)などの条件を組み合わせて使用します。
データベース著作物に対してCCライセンスを適用することは可能ですが、いくつか注意点があります。まず、CCライセンスは著作権法上の権利に基づいています。したがって、そもそもデータベース著作物として保護されない単なる事実の羅列のようなデータには、CCライセンスを適用しても法的な拘束力は生じません。また、CCライセンスは原則として個々の情報に含まれる原著作物の権利には影響を及ぼしません。利用者がデータベースを利用する際に、データベース中の特定の情報が第三者の著作物であると知った場合、その情報単体の利用については原著作権者の許諾が別途必要となる可能性があります。
提供者は、利用規約やライセンス表示において、データベースに含まれる個別の情報が有する権利や、第三者の著作物が含まれている可能性について明確に記載し、利用者に注意を促すことが望ましいです。
二次利用における法的課題
オープンデータの利用者は、提供されたデータベースを利用して新たなデータベースを作成したり、分析結果を公表したりすることが考えられます。この際、利用者が提供されたデータベースからデータを抽出・利用する行為が、著作権法上の複製や翻案に該当するかが問題となり得ます。
著作権法第30条の4では、情報解析のための複製等が権利者の許諾なく可能とされていますが、これはあくまで「情報解析」に限定されるため、それ以外の目的での抽出・利用には原則として著作権者の許諾が必要です。データベース著作物の複製・翻案は、著作権法第2条第1項第15号にいう「著作物の内容をそのまま、又は改変を加えて、編集著作物又はデータベースの著作物として作成すること」に該当します。
提供者は、どのような二次利用を許可するかをライセンスや利用規約で明確に定める必要があります。特に、データベース全体の複製や、主要部分の抽出・再構築を許可するか否かは、利用者のイノベーションを促進する一方で、提供者の利益や権利保護に影響を与える重要な判断となります。
行政機関・民間企業それぞれの留意点
行政機関の場合
行政機関が保有するデータは、原則として情報公開法の対象となりますが、著作権法上の保護を受けるデータも存在します。行政機関の職員が職務上作成した著作物は、職務著作として原則として国等に著作権が帰属します(著作権法第15条)。データベースも同様です。
行政機関がデータベースをオープンデータとして公開する際には、公文書管理法や情報公開法との関係も考慮が必要です。これらの法律は、情報公開の義務や原則を定めていますが、著作権等の第三者の権利を不当に侵害するような公開は認められません。また、行政機関が保有するデータには、個人情報や行政運営上の秘密情報、国の安全等に関わる情報など、公開が制限される情報が含まれている可能性があり、これらの情報はデータベースから適切に除外するか、匿名化・非識別化等の措置を講じる必要があります。
民間企業の場合
民間企業が保有するデータ、特に顧客データや営業活動を通じて蓄積されたデータは、データベース著作物として保護される可能性があります。しかし、これらのデータは同時に、個人情報保護法や不正競争防止法(営業秘密)による保護の対象ともなり得ます。
企業が自社のデータをオープンデータとして公開する際には、個人情報や営業秘密に該当する部分を確実に除外または加工する必要があります。また、公開するデータが、企業が第三者との契約に基づいて取得したデータである場合、契約内容にオープンデータとしての再公開が許諾されているかを確認する必要があります。ライセンスや利用規約の設定においては、企業が保有する他の権利(商標権など)との関係や、将来的なデータビジネスへの影響なども総合的に考慮し、慎重に検討を行う必要があります。
最新の動向と実務への示唆
近年の技術発展、特に生成AIの登場により、大量のデータを学習データとして利用するニーズが高まっています。これにより、著作権法における「情報解析」の範囲や、学習目的での著作物利用に関する議論が活発化しています。著作権法第30条の4は情報解析目的の複製等を認めていますが、学習に利用されるデータが、どのような著作権上の位置づけ(データベース著作物、集合著作物、個別の著作物等)を有するか、また、その利用が情報解析の範囲を超えるか、という点については、個別の事案に応じた判断が必要となり得ます。
オープンデータの提供者は、データが将来的にどのような技術に利用される可能性があるかを踏まえ、付与するライセンスの条件を検討する必要があります。また、利用者は、オープンデータを利用してAI学習を行う場合、著作権法第30条の4の適用要件を満たすか、あるいは提供されたライセンスや利用規約において学習目的での利用が明示的に許諾されているかを確認することが重要です。
結論
オープンデータの公開は、社会全体の利益に資する取り組みですが、特にデータベース著作権に関する法的課題への適切な対応が不可欠です。提供者は、公開しようとするデータがデータベース著作物、集合著作物、あるいは個別の著作物の集合体として、著作権法上どのように位置づけられるかを正確に理解し、含まれる第三者の著作物の権利処理状況を確認する必要があります。その上で、適切なライセンスを選択し、利用規約において権利関係や利用条件を明確に定めることが、将来的な紛争を回避し、データの円滑な流通を促進するために極めて重要となります。
弁護士としては、クライアント(行政機関、民間企業、データ利用者等)に対し、これらの点を踏まえた適切な法的アドバイスを提供できるよう、著作権法、特にデータベース著作物や関連する法解釈、オープンライセンスの実務について、常に最新の情報を収集し、理解を深めておくことが求められます。