オープンデータ提供におけるサイバーセキュリティ対策の法的義務と責任論
はじめに
オープンデータの推進は、公共データの利活用促進による経済活性化や行政の透明性向上に大きく貢献するものであり、官民データ活用推進基本法においてもその重要性が謳われています。しかしながら、データの公開・提供にあたっては、サイバーセキュリティ対策が不可欠な要素となります。データ提供システムへの不正アクセス、データ自体の改ざんや消失、利用者へのサービス提供停止といったサイバー攻撃は、データ提供者、利用者双方に深刻な損害を与える可能性があります。
本稿では、オープンデータ提供者が直面しうるサイバーセキュリティリスクを整理し、関連する法的義務やインシデント発生時の法的責任について検討します。弁護士の皆様が、オープンデータ提供者または利用者から相談を受けた際に参照できる専門的な知見を提供することを目的としております。
オープンデータ提供者が直面するサイバーセキュリティリスク
オープンデータは、基本的に二次利用が可能な形で広く一般に公開されますが、その提供方法や管理体制によっては様々なサイバーセキュリティリスクが存在します。主なリスクとして以下の点が挙げられます。
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データ自体の完全性・可用性へのリスク:
- 改ざん: 提供されているデータが第三者によって不正に変更されるリスクです。統計データなどが改ざんされた場合、それを基にした分析や政策決定に誤りが生じる可能性があります。
- 消失: システム障害や攻撃により、データが失われ、提供が不可能になるリスクです。
- サービス妨害 (DoS/DDoS): データ提供システムやAPIへの過負荷攻撃により、正規の利用者がデータにアクセスできなくなるリスクです。
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システム・インフラへのリスク:
- 不正アクセス: データ提供システムや関連するデータベースに権限なく侵入されるリスクです。これにより、データの窃取、改ざん、システム破壊などが行われる可能性があります。
- 脆弱性の悪用: データ提供に利用されるソフトウェア、ハードウェア、ネットワークにおける既知または未知の脆弱性が攻撃者によって悪用されるリスクです。
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情報漏洩リスク:
- 意図しない個人情報や機微情報の公開: 匿名加工や非個人情報化のプロセスに不備があった場合、公開データから特定の個人や組織が識別可能となり、情報漏洩とみなされるリスクです。個人情報保護法違反につながる可能性があります。
- システム侵入による情報漏洩: 不正アクセスにより、提供データ自体ではなく、システム内に保存されている別の個人情報や機密情報が漏洩するリスクです。
これらのリスクは複合的に発生しうるため、提供者は多角的な視点からセキュリティ対策を講じる必要があります。
関連する法的枠組みと提供者の法的義務
オープンデータ提供におけるサイバーセキュリティ対策に関する直接的かつ包括的な法律は存在しませんが、複数の既存法規やガイドラインが関連しており、提供者はこれらの要求事項を遵守する義務または推奨事項に従うことが求められます。
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官民データ活用推進基本法: 本法は、データのオープン化・利活用を促進する基本理念を定めています。第9条において、国は個人情報その他の情報の取扱いに当たっては、個人の権利利益を保護するとともに、情報の安全管理を図るために必要な施策を講ずる責務があるとされています。直接的な罰則規定はありませんが、オープンデータ提供における「情報の安全管理」の重要性を示す根拠となります。
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サイバーセキュリティ基本法: 本法は、サイバーセキュリティに関する施策を総合的かつ効果的に推進することを目的としています。国の責務、重要インフラ事業者の努力義務などを定めており、オープンデータ提供基盤が重要インフラとみなされる場合や、行政機関等が提供者である場合には、本法の趣旨に沿った安全確保措置を講じる努力義務または責務が生じえます。
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個人情報保護法: オープンデータとして公開されるデータそのものに直接個人情報が含まれていない場合であっても、提供システムが個人情報を含む他のシステムと連携している場合や、過去に個人情報として取得したデータを加工して提供する場合など、個人情報保護法の適用を受ける可能性があります。事業者は、個人情報保護法に基づき、個人データの漏洩、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講ずる義務(第23条)を負います。仮に匿名加工情報や仮名加工情報として提供する場合でも、作成元データの個人情報に対する安全管理義務は依然として重要です。
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行政機関・独立行政法人等情報セキュリティ対策基準: 国の行政機関や独立行政法人等には、この基準に基づいた情報セキュリティ対策の実施が義務付けられています。オープンデータ提供システムもこの基準の適用対象となり、技術的・組織的・物理的な安全管理措置の実施が必須となります。
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地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン: 地方公共団体がオープンデータを提供する際には、総務省が策定したこのガイドラインに準拠した情報セキュリティポリシーを策定し、必要な対策を講じることが推奨されています。
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契約上の義務: データ提供がAPIなどを介して行われる場合、提供者と利用者の間で利用規約や契約が締結されることがあります。この中で、提供者が講ずべきセキュリティ対策の水準や、インシデント発生時の責任範囲、通知義務などが定められることがあります。提供者は、これらの契約上の義務を遵守する必要があります。
これらの法的枠組みやガイドラインは、オープンデータ提供者が最低限講ずべきサイバーセキュリティ対策の基準を示すものと言えます。
サイバーセキュリティインシデント発生時の法的責任
オープンデータ提供に関連してサイバーセキュリティインシデントが発生した場合、提供者は様々な法的責任を問われる可能性があります。
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国家賠償法に基づく責任(行政機関等の場合): 行政機関等が提供するオープンデータに関連して、公権力の行使(これに準ずる行為を含む)たるデータ提供やシステム管理に瑕疵があり、それによって第三者に損害が生じた場合、国家賠償法第1条に基づき国または公共団体が賠償責任を負う可能性があります。「瑕疵」には、必要なセキュリティ対策を怠ったといった管理の不備が含まれうると解されます。
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民法上の不法行為責任: 行政機関、独立行政法人、民間事業者など、提供者の形態を問わず、提供者が故意または過失によって他者の権利または法律上保護される利益を侵害し、これによって損害を生じさせた場合、民法第709条に基づく不法行為責任を負う可能性があります。例えば、セキュリティ対策の不備が社会通念上要求される注意義務に違反すると判断されるような重大な過失と評価される場合、データの改ざんによる損害や、提供停止による業務上の損害に対する賠償義務が生じうるでしょう。個人情報保護法違反に伴う損害賠償請求も、不法行為構成によることが一般的です。
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契約責任: 前述のように、データ提供契約やAPI利用規約においてセキュリティ対策水準や責任範囲が定められている場合、インシデントがその義務違反に起因するものであれば、債務不履行(民法第415条)に基づく損害賠償責任が生じる可能性があります。ただし、利用規約においては提供者側の免責規定が設けられていることが多く、その有効性が問題となる場合があります。利用規約の有効性判断においては、消費者契約法(利用者が個人の場合)や、個別の条項が公序良俗に反しないか、あるいは信義則に照らして一方的に利用者に不利でないかといった点が考慮されます。
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行政上の責任: 個人情報保護法に違反して個人情報が漏洩した場合などには、個人情報保護委員会による報告徴収、立入検査、指導、助言、勧告、命令等の行政措置の対象となります。
実務上の留意点とリスク回避策
提供者がサイバーセキュリティ関連の法的リスクを回避または軽減するためには、以下の実務的な対応が重要となります。
- 適切なセキュリティ対策の実施:
- データ提供システムやAPIに対して、不正アクセス対策、脆弱性対策、暗号化(通信経路、必要に応じてデータ保存時)、ログ監視、改ざん検知などの技術的なセキュリティ対策を講じることが不可欠です。OSやソフトウェアは常に最新の状態に保つべきです。
- データ提供に関わる人員に対するセキュリティ教育やアクセス権限管理も重要です。
- セキュリティポリシーの策定と遵守: 組織全体の情報セキュリティポリシーの一部として、オープンデータ提供に関する具体的なセキュリティ対策基準、手順、責任体制を明確に定めます。そして、これが組織内で確実に遵守される体制を構築します。
- インシデント対応計画 (CSIRT等): 万が一インシデントが発生した場合に、迅速かつ適切に対応するための計画(CSIRT機能の整備、連絡体制、原因究明、復旧手順、関係者への通知など)を事前に策定し、訓練を行います。
- 利用規約における責任範囲の明確化: 可能な限り、データ提供の利用規約において、提供データの正確性、完全性、継続性に関する責任範囲、セキュリティインシデント発生時の提供者の責任範囲(免責条項を含む)を明確に定めます。ただし、前述の通り、過度な免責条項は無効と判断されるリスクがあるため、その有効性を慎重に検討する必要があります。
- 定期的な脆弱性診断とセキュリティ監査: 提供システムに対して定期的に脆弱性診断や第三者によるセキュリティ監査を実施し、潜在的なリスクを早期に発見・対処する体制を構築します。
- 適切なデータ匿名化/非個人情報化: 提供データに個人情報や機微情報が含まれないよう、適切な匿名化、仮名加工、集計等の処理を確実に行います。そのプロセスにおける再識別リスクについても十分に検討し、技術的・法的な基準に適合させることが求められます。
結論
オープンデータの提供は社会全体の利益に資する重要な取り組みですが、それに伴うサイバーセキュリティリスクへの対応は、提供者にとって避けて通れない法的・倫理的な課題です。行政機関、独立行政法人、民間事業者といった提供者の形態によって適用される法規やガイドラインは異なりますが、情報の安全管理を怠った結果として生じる法的責任(国家賠償責任、不法行為責任、契約責任等)を問われる可能性は常に存在します。
提供者は、関連法規やガイドラインを遵守しつつ、自らの提供するデータの特性や提供システムの環境に応じた、実効性のあるサイバーセキュリティ対策を講じる必要があります。弁護士は、これらの法的枠組みと技術的リスクを理解し、クライアントである提供者に対して適切なリスク管理体制の構築について助言するとともに、インシデント発生時にはその法的責任の有無、範囲、および対応策について正確なリーガルサービスを提供することが求められます。オープンデータ提供におけるサイバーセキュリティと法規制に関する最新の動向を引き続き注視していくことが重要となります。