オープンデータ提供におけるデータの真正性確保義務と改ざんリスクへの法的対応:弁護士が検討すべき論点
はじめに
オープンデータは、公共の利益増進、経済活性化、行政の透明性向上に不可欠な基盤情報です。その価値は、データの正確性、網羅性、そして何よりも「真正性」に大きく依存します。データが提供後、あるいは提供プロセス中に改ざんされたり、本来の状態から意図せず変更されたりするリスクは常に存在します。このようなデータの真正性に関わる問題は、データの信頼性を損なうだけでなく、そのデータを利用したサービスや意思決定に誤りをもたらし、損害発生や法的紛争に繋がる可能性を秘めています。
本稿では、オープンデータ提供におけるデータの真正性確保がなぜ重要なのか、提供者における真正性確保義務の有無とその解釈、発生しうる改ざんリスクの種類、そしてそれらに対する法的な対応や技術的対策、さらには提供者と利用者双方の法的留意点について、弁護士の実務的視点から検討します。
データの真正性とは何か:オープンデータにおける意義
データの真正性とは、特定のデータが作成された時点から現状に至るまで、改ざん、破損、消失等によって本来の記録から変更されていない状態、または変更があったとしてもその経緯が明確に記録・追跡可能である状態を指します。特に法的文脈では、証拠能力の基礎としてデータの真正性が問題とされることが多く、例えば電子署名法における電磁的記録の真正性の推定規定(第3条)はその典型です。
オープンデータの文脈では、真正性の確保は提供されたデータが「信頼できる情報源から、意図された形式で、本来の内容を維持して提供されている」ことを保証する上で極めて重要です。不真正なデータは、以下のような問題を引き起こす可能性があります。
- 利用者の誤った判断: 不正確なデータに基づき、企業がビジネス戦略を誤ったり、自治体が政策決定を誤ったりするリスク。
- 損害発生と法的責任: 不真正なデータを利用した結果、第三者に損害を与えた場合の不法行為責任や契約不適合責任。
- 紛争の発生: 提供されたデータの正確性・真正性を巡る提供者と利用者間の紛争。
オープンデータが社会の様々な意思決定の基盤となるためには、データの真正性確保が不可欠なのです。
オープンデータ提供者における真正性確保義務
オープンデータ提供者、特に国や地方公共団体には、官民データ活用推進基本法に基づき、データの公開・提供を推進する責務があります。しかし、提供するデータの「真正性」を直接的に保証する明確な法的義務が包括的に定められているわけではありません。ただし、関連する法規や解釈から、間接的または実質的な義務・責任が導かれうる可能性があります。
- 情報公開法・公文書管理法: 公文書の管理、利用に関するこれらの法律は、行政文書の「正確性」や「完全性」を確保することを求めています。オープンデータとして公開される行政データがこれらの法律の適用対象となる場合、提供者は公開前の段階でデータの正確性・完全性を確認する義務を負うと考えられます。これは間接的に真正性確保の前段階の義務を課すものと解釈できます。
- 官民データ活用推進基本法: 基本法自体はデータの公開推進を目的としていますが、その基本原則(第3条)には「国民が安全かつ安心して暮らせる社会及び快適な生活環境の実現」などが挙げられており、信頼性の低いデータ提供がこれらの原則に反すると考えられる場合もあります。
- 行政手続法・国家賠償法: 行政機関が提供したデータに瑕疵(不真正・不正確を含む)があり、これを利用した国民等に損害が発生した場合、国家賠償法に基づき賠償責任を問われる可能性があります。この場合、データ提供行為が行政活動の一環と評価され、その活動に過失があったかどうかが問われることになります。過失の有無の判断においては、データの真正性確保のための措置が適切に行われていたかどうかが重要な考慮要素となり得ます。
- 自治体条例: 一部の自治体では、オープンデータ推進に関する条例において、提供データの正確性や最新性に関する努力義務等を規定している場合があります。これは、地域レベルでの真正性確保に向けた取り組みの現れと言えます。
- 倫理的責任: 法的な義務の有無にかかわらず、公共性の高いデータを扱う提供者には、社会的な信頼に応えるための倫理的な責任として、データの真正性確保に向けた最大限の努力が求められます。
このように、包括的な「真正性確保義務」は存在しないものの、関連法規の解釈や一般的な注意義務、倫理的責任から、提供者にはデータの真正性確保に向けた一定の努力や措置を講じるべき義務・責任が実質的に課されていると考えるのが妥当です。
オープンデータにおける改ざんリスクと法的課題
オープンデータにおける改ざんリスクは、データのライフサイクルにおける様々な段階で発生しえます。
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提供前(提供者内部)での改ざん:
- 不正な目的を持った内部関係者によるデータの書き換えや削除。
- 人為的なミスによるデータの誤った処理や変換。
- 法的課題: 提供者の組織内部の管理体制、セキュリティ対策の不備が問われる可能性があります。損害発生時には、国家賠償法や民法上の不法行為(使用者責任等)が問題となり得ます。
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提供プロセス中(通信経路等)での改ざん:
- データ伝送中に第三者による傍受・改変。
- 提供者のサーバーが不正アクセスを受け、データが改ざんされる。
- 法的課題: サイバーセキュリティ対策の不備が問われる可能性があります。提供者は、通信の暗号化やサーバーのセキュリティ強化といった適切な技術的・組織的措置を講じる義務を負うと考えられます。不正アクセス行為自体は不正アクセス禁止法違反となりますが、これにより発生した損害に関する提供者の責任は、講じていたセキュリティ対策のレベルに依存します。
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提供後(利用者側または第三者による再提供)での改ざん:
- 利用者が意図的にデータを改変して利用・再提供する。
- 利用者がデータを加工・分析する過程で unintentionally に誤ったデータが生成される。
- 第三者が提供されたオープンデータを改ざんして、元のデータであるかのように公開する(なりすまし)。
- 法的課題: 利用規約違反(改変の禁止や制限がある場合)、著作権侵害(改変が翻案権侵害となる場合)、不正競争防止法(虚偽表示、誤認惹起行為)、民法上の不法行為(第三者への損害)などが問題となります。提供者は、利用規約において改変に関するルールを明確に定め、免責事項を規定することが重要です。また、利用者が誤ったデータを提供元のオープンデータとして再提供するリスクに対しては、データの真正性を検証できる手段(後述)を提供することが対策となり得ます。
真正性確保・改ざん対策技術と法倫理
データの真正性を技術的に担保するための手段は複数存在し、これらを適切に導入・運用することが法的責任リスクの低減や倫理的責任の履行に繋がります。
- ハッシュ値: データの内容から一意の固定長文字列(ハッシュ値)を生成し、データと共に提供します。利用者はダウンロードしたデータのハッシュ値を計算し、提供されたハッシュ値と一致することを確認することで、データが提供後に改変されていないことを検証できます。法的には、ハッシュ値の提供自体が真正性確保に向けた合理的な措置と評価される可能性があります。
- デジタル署名: 提供者が秘密鍵でデータを署名し、利用者は公開鍵で署名を検証します。これにより、データが特定の提供者によって署名され、かつ署名後に改変されていないことを確認できます。電子署名法上の要件を満たすデジタル署名は、法的に強力な真正性の証拠となります。
- タイムスタンプ: 特定の時刻にそのデータが存在し、それ以降改変されていないことを証明する技術です。データの提供時点の存在証明に有効であり、真正性確保の一助となります。
- ブロックチェーン: データのハッシュ値やトランザクションを連鎖的に記録し、分散管理することで、改ざんが極めて困難な形でデータの履歴を記録できます。オープンデータの提供履歴やバージョン管理にブロックチェーン技術を応用することで、データの透明性と真正性の信頼性を高めることが期待されます。法的には、ブロックチェーン上の記録の証拠能力が将来的にどのように評価されるかが論点となり得ますが、少なくとも真正性確保に向けた先進的な取り組みとして、提供者の注意義務の履行を補強するものとなり得ます。
これらの技術を導入する際には、以下の法倫理的論点を検討する必要があります。
- アクセシビリティ: 利用者が容易にこれらの真正性検証技術を利用できる環境を提供する必要があります。特定の技術に偏りすぎず、広く普及した標準的な技術を採用することが望ましいでしょう。
- 技術的限界と免責: いかなる技術も万能ではありません。技術的な対策を講じたとしても、それを突破されるリスクや技術自体の欠陥のリスクはゼロではありません。利用規約において、提供者が講じた措置の範囲や、技術的限界による損害に関する免責の可能性を明確にすることが重要です。ただし、過大な免責条項は消費者契約法等により無効とされる可能性もあります。
- コスト負担: 高度な技術的対策にはコストがかかります。公共データのオープン化においては、そのコストを行政が負担することの正当性や、利用者に一部負担を求める場合の法的な課題も検討が必要です。
提供者・利用者双方の法的留意点
提供者の留意点:
- 内部管理体制の構築: データ作成・管理・公開プロセス全体で、データの正確性・完全性・真正性を確保するための内部規程や体制を構築する。
- 技術的対策の実施: 提供データの種類や重要度に応じて、ハッシュ値の提供、デジタル署名、通信経路の暗号化など、適切なセキュリティ対策を講じる。
- 利用規約の明確化:
- 提供データの真正性に関する提供者の保証範囲や限界を明確に定める。
- データの改変に関する利用ルール(許容される範囲、帰属表示の義務など)を規定する。
- 提供データを利用した結果発生した損害に関する免責条項を設ける。
- 真正性検証手段を提供する場合、その利用方法を明確に示す。
- バージョン管理と更新履歴の公開: データの更新・変更があった場合の履歴を公開し、どのバージョンが正規のものかを明確にする。これは真正性確保の一環としても機能します。
利用者の留意点:
- 利用規約の確認と遵守: 提供されたデータの利用規約を十分に確認し、特に改変に関するルールや提供者の免責範囲を理解する。
- 真正性検証手段の活用: 提供者がハッシュ値やデジタル署名などの真正性検証手段を提供している場合は、積極的にこれを利用し、データのダウンロード時や利用前に真正性を確認する努力を払う。
- 二次利用時の責任: オープンデータを改変して再提供したり、他のデータと組み合わせて新たな情報サービスを構築したりする場合、そのデータの正確性・真正性について自ら責任を負うことになります。元のオープンデータが不正確・不真正であったとしても、それによる損害全てを提供者に転嫁できるとは限りません。
- 情報源の確認: 重要な判断にオープンデータを利用する場合は、可能な限り複数の情報源を参照したり、提供元に確認を行ったりする等、データの信頼性を多角的に検証する慎重さが求められます。
結論
オープンデータの真正性確保と改ざんリスクへの対応は、データの信頼性を維持し、その社会経済的な価値を最大限に引き出す上で極めて重要な課題です。提供者には、現行法下においても関連法規の解釈や倫理的責任に基づき、データのライフサイクル全体を通じた真正性確保に向けた体制構築や技術的対策の実施が実質的に求められています。他方、利用者側も提供者の免責範囲や利用規約を理解し、提供されている真正性検証手段を活用するなど、一定の注意を払う必要があります。
データの真正性を巡る紛争においては、提供者が講じていた真正性確保のための措置の内容とレベル、利用者が行ったデータの信頼性確認の努力、改ざん行為の性質などが、法的責任の有無や範囲を判断する上で重要な要素となります。
今後、オープンデータの利活用がさらに進展するにつれて、データの真正性に関する法的・技術的な論点はより複雑化することが予想されます。弁護士としては、最新の技術動向、関連する法改正や判例、行政解釈を常に注視し、提供者・利用者双方に対して、真正性確保と改ざんリスク回避に向けた適切な法的アドバイスを提供できるよう、専門知識を深めていく必要があります。