オープンデータ法倫理

企業の非個人情報データオープン化:営業秘密保護と競争法違反リスクを回避するための法的留意点

Tags: オープンデータ, 非個人情報, 事業者データ, 営業秘密, 競争法

はじめに:非個人情報データのオープン化がもたらす法的課題

官民データ活用推進基本法に基づき、公共データのオープン化が推進される中、民間企業が保有する非個人情報データのオープン化やデータ連携への期待も高まっています。企業が保有する膨大な非個人情報データ、例えば製造プロセスデータ、物流データ、市場データ、センサーデータなどをオープンデータとして公開することは、新たなビジネス創出や社会課題解決に貢献する可能性を秘めています。しかし、企業が自社のデータをオープン化する際には、個人情報保護法とは異なる法的課題、特に営業秘密の保護や競争法上の問題が生じる可能性があります。本稿では、企業の非個人情報データのオープン化を検討する際に弁護士が留意すべき法的論点について詳細に解説します。

非個人情報データの定義と類型

非個人情報データとは、特定の個人を識別することができない情報の総称です。これには、統計情報、機械データ、IoTデータ、環境データ、企業が保有する取引データなどが含まれます。オープンデータの文脈では、個人情報を含まない、あるいは個人情報が適切に匿名化・加工された公共データや民間データが対象となります。本稿で議論の対象とするのは、特に企業が事業活動を通じて蓄積・生成した、事業活動に関連する非個人情報データ(以下、「事業者データ」と呼ぶ場合もあります)のオープン化に伴う法的課題です。

営業秘密保護との関係性

企業にとって価値のある情報は、個人情報であるか否かにかかわらず、営業秘密として保護される可能性があります。事業者が保有する非個人情報データが、以下の不正競争防止法第2条第6項に定める営業秘密の要件(秘密管理性、有用性、非公知性)を満たす場合、そのデータを権利者の同意なくオープンデータとして公開することは、不正競争行為(営業秘密侵害)に該当するリスクを伴います。

企業が保有する事業者データの中には、特定の顧客属性データ(個人情報を含まない集計情報)、特定の製品の設計・製造に関する非個人技術情報、効率的な物流ルートに関する情報などが、これらの要件を満たす場合があります。これらのデータをオープン化する際は、データのどの部分が営業秘密に該当するかを慎重に評価する必要があります。営業秘密に該当する可能性のあるデータ全体をそのままオープン化することは原則として避けるべきです。特定の情報を秘匿したり、統計的に加工・集計したりすることで営業秘密性を喪失させた上で公開する、あるいは営業秘密の権利者の同意を得るといった対応が求められます。データセットのメタデータ(データの構造や定義など)のみを公開するといった方法も考えられます。

競争法上の問題

特定の企業、特に市場において一定の支配的な地位にある企業が、自社の保有する事業者データをオープンデータとして公開する際に、競争法上の問題が生じる可能性も否定できません。

競争法上のリスクを回避するためには、データのオープン化が市場競争全体に与える影響を評価し、透明性、公平性、非差別性の原則に基づいたデータ提供ポリシーを策定することが重要です。

契約上の制約

企業がオープン化を検討しているデータが、第三者から提供を受けたデータや、共同事業を通じて生成されたデータである場合、当該第三者との間の契約(データ提供契約、秘密保持契約、共同開発契約など)において、データの利用、公開、第三者への提供に関する制限が定められている可能性があります。これらの契約条項に違反してデータをオープン化することは、契約違反となり、損害賠償請求等の対象となるリスクを伴います。オープン化を決定する前に、関連する全ての契約内容を確認し、必要に応じて権利者の同意を得たり、契約内容の変更について協議したりする必要があります。

リスク回避のための実務的留意点

上記の法的リスクを回避し、安全かつ効果的に非個人情報データをオープン化するためには、以下の点に留意する必要があります。

  1. 公開対象データの法的性質評価: オープン化を検討しているデータセット全体について、営業秘密に該当する情報、個人情報に該当する情報、第三者との契約による制約がある情報が含まれていないか、網羅的に評価します。必要に応じて、技術専門家やプライバシー専門家と連携して評価を行います。
  2. データの加工・匿名化・秘匿: 営業秘密に該当する部分や個人情報が含まれる場合は、公開範囲から除外するか、統計処理、集計、ハッシュ化などの技術的手法を用いて、営業秘密性や個人識別性を喪失させる加工を施します。加工によってデータの有用性が損なわれないよう、目的とバランスを取る必要があります。
  3. 契約関係の確認と権利者との調整: データソースに関する契約を確認し、公開に関する制約があれば、関係者の同意を取得するか、データの公開を断念するなどの対応を行います。
  4. 公開方法とライセンスの選択: データセット、メタデータ、APIなど、公開する形式を検討します。また、データの再利用を促進しつつ、提供者の意図しない利用や責任範囲を明確にするため、適切なオープンデータライセンス(例: クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのCC0、CC BYなど)を選択し、明確に表示します。ただし、これらのライセンスが非個人情報データの特性や企業のリスク管理に十分に適合するかは慎重な検討が必要です。特定の利用条件を付す場合は、独自の利用規約を策定することも考えられますが、オープンデータの理念との整合性が問われます。
  5. 利用規約の策定と表示: ライセンスと併せて、データ利用者が遵守すべき事項(例: 公開データ自体の再配布制限、公序良俗に反する利用の禁止、免責事項など)を定めた利用規約を策定し、データの公開場所で明確に表示します。特に、データの誤謬や不備によって利用者に損害が生じた場合の責任範囲については、免責規定を設けることが一般的です。
  6. 競争法上の評価: データ公開が市場競争に与える影響について、法的な評価を行います。特に、市場シェアの高い企業の場合や、データが関連市場においてボトルネックとなる重要な資源である可能性がある場合は、専門家への相談も検討すべきです。

結論

企業の非個人情報データのオープン化は、経済活性化や社会貢献の観点から非常に重要ですが、個人情報保護とは異なる、営業秘密保護や競争法上の複雑な法的課題を伴います。弁護士としては、企業が保有するデータの法的性質を正確に評価し、営業秘密侵害や競争法違反のリスクを回避するための具体的な法的措置(データの加工、契約関係の整理、適切なライセンス・利用規約の設定など)について、実務的な観点から助言を行うことが求められます。今後のデータ関連法制や競争当局の執行方針の動向も注視しながら、企業の健全なデータ利活用戦略を支援していくことが重要となります。