官民データ活用推進基本法下のオープンデータ実務:基本方針・推進計画の法的性質と関連法解釈
はじめに
官民データ活用推進基本法(以下「本基本法」といいます。)は、我が国におけるオープンデータ推進の基盤となる法律として位置づけられています。本基本法は、官民データ活用の基本理念を定め、政府全体で推進するための基本方針や重点計画を策定することを規定しています。しかしながら、これらの基本方針や推進計画が行政機関や国民に対してどのような法的拘束力を持つのか、また、既存の情報公開法、個人情報保護法、著作権法といった関連法規との関係性をどのように整理すべきかについては、実務において必ずしも明確ではない場合があります。
本稿では、弁民データ活用推進基本法における基本方針および推進計画の法的性質について法解釈の観点から検討し、オープンデータ公開の実務において特に重要となる情報公開法、個人情報保護法、著作権法との関係性を整理することを目的といたします。これにより、弁護士の皆様がクライアントからのオープンデータに関する多様な相談に対し、より体系的かつ正確な法的アドバイスを提供する一助となれば幸いです。
官民データ活用推進基本法の概要と理念
本基本法は、IoT、ビッグデータ、AIといった先端技術の進展を踏まえ、官民データの円滑かつ効果的な活用を促進することにより、国民一人ひとりの生活の質の向上や経済活性化、行政の効率化等を実現することを目的としています(第1条)。
その基本理念として、データの自由な流通、個人情報保護等に配慮しつつ行政機関等が保有する公共データの公開・活用を促進すること、個人または法人の権利利益を不当に侵害することのないように留意することなどが定められています(第3条)。これらの理念を実現するため、政府は官民データ活用推進に関する施策を総合的かつ計画的に推進する責務を負います(第4条)。
基本方針および推進計画の法的性質
本基本法に基づき、政府は官民データ活用推進に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための基本方針(第8条)および推進計画(第9条)を策定することとされています。
基本方針は、官民データ活用の推進に関する施策の方向性、目標、官民データ活用の推進に関する施策を講ずるに当たって共通して取り組むべき事項等を示します。推進計画は、基本方針に即して、政府が官民データ活用の推進に関し講ずべき施策について、その具体的な目標、内容、実施時期等を定めます。
これらの基本方針や推進計画は、法律自体のような直接的な国民の権利義務を規律するものではなく、政府内部における政策の方向性や具体的な取り組みを示すものです。法的には、これらは行政における計画または指針としての性質を持つと考えられます。すなわち、特定の行政機関や自治体に対して、個別のデータ公開を直接的に義務付けたり、その時期や方法について具体的な法的拘束力を持つものではありません。
しかしながら、基本方針や推進計画は、政府全体の強力な方針として策定されるため、行政機関等はこれらに沿った取り組みを進めることが期待されます。これは、行政運営における目標設定や予算配分、組織内の指示等を通じて、事実上、行政機関等のオープンデータ公開に向けた取り組みを促進する効果を持ちます。また、国民や事業者にとっては、今後の政府のデータ活用の方向性を予測し、自らの活動計画を立てる上での重要な参考情報となります。
したがって、基本方針や推進計画は、直接的な法的拘束力は限定的であるものの、行政の政策判断や実務運営に影響を与える重要な政治的・行政的意義を持つと言えます。
データ公開の実務と関連法との関係性
官民データ活用推進基本法に基づくオープンデータ公開の実務においては、既存の様々な法規との関係性を正確に理解し、整合性を確保する必要があります。特に、情報公開法、個人情報保護法、著作権法との関係性は複雑であり、実務上の判断において重要な論点となります。
情報公開法との関係
情報公開法は、行政文書の開示を請求する国民の権利を保障し、行政の説明責任を果たすことを目的とする法律です。本基本法に基づくデータ公開は、情報公開法に基づく「開示」とはその目的および性質が異なります。
- 目的の違い: 情報公開法は、特定の個人からの請求に基づき、行政が保有する行政文書を開示することを義務付ける側面が強いのに対し、本基本法に基づくオープンデータ公開は、より広範なデータセットを、特定の請求を待たずに、一般に利用しやすい形式で公開することを促進するものです。
- 対象範囲の違い: 情報公開法は「行政文書」を開示対象としますが、本基本法が対象とする「官民データ」は、行政文書に含まれる情報に限らず、広く電子的なデータを含みます。また、情報公開法には不開示情報が詳細に定められていますが(第5条)、オープンデータ公開においても、これらの不開示情報に相当する情報や、公開することが適切でない情報(例:セキュリティ情報、インフラ情報の一部)は、原則として公開の対象とはなりません。
- 実務上の関係: オープンデータとして公開されているデータについては、改めて情報公開法に基づく開示請求を行う必要はありません。しかし、オープンデータとして公開されていないデータについて開示を求める場合は、情報公開法に基づく手続きを利用することになります。また、情報公開法上の不開示情報に該当するデータが含まれる場合でも、その部分を適切にマスキング等することにより、それ以外の部分をオープンデータとして公開することは可能です。
個人情報保護法との関係
個人情報保護法は、個人情報の適正な取扱いに関するルールを定めており、行政機関等においても個人情報の取得、利用、提供等に関して厳格な義務が課されています。オープンデータ公開において、個人情報を含むデータを取り扱う場合には、個人情報保護法の遵守が不可欠です。
- 個人情報・匿名加工情報・仮名加工情報: 公開しようとするデータに個人情報が含まれる場合、原則として、個人情報保護法に定める要件(本人の同意等)を満たさない限り、そのままオープンデータとして公開することはできません。オープンデータとして公開可能なデータの形態として、個人情報保護法に定める「匿名加工情報」や「仮名加工情報」が活用されます。
- 匿名加工情報は、特定の個人を識別できないように加工し、かつ個人情報を復元できないようにした情報であり、本人の同意なく第三者提供が可能です。
- 仮名加工情報は、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないように加工した情報であり、利用目的の制限や安全管理義務等が課されますが、第三者提供には原則として本人の同意または法に基づく例外規定が必要です。
- 再識別リスク: 匿名加工情報や仮名加工情報を作成するにあたっては、他の情報と照合することによって特定の個人を再識別できるリスクがないか、専門的な知見に基づいて評価し、適切な加工を施す必要があります。この再識別リスクの評価および対策は、オープンデータ公開における個人情報保護上の重要な課題となります。
- 行政機関等の義務: 行政機関等は、保有する個人情報について、利用目的の特定、適正な取得、利用および提供の制限、安全管理措置、正確性の確保等の義務を負います(行政機関個人情報保護法または個人情報保護法第4章第2節)。オープンデータとしてデータを公開するプロセス全体を通じて、これらの義務を遵守しなければなりません。
著作権法との関係
行政機関等が保有するデータには、著作権法上の著作物に該当するものも含まれます。オープンデータとしてこれらのデータを公開し、第三者が二次利用することを想定する場合、著作権法上の論点を整理する必要があります。
- 著作権の帰属: 行政機関等が職務上作成した著作物の著作権は、著作権法第7条に基づき、原則として行政機関等に帰属します。ただし、個別の契約や規程により異なる取り扱いがなされる場合もあります。
- オープンデータライセンス: 行政機関等が著作物を含むデータをオープンデータとして公開する際には、どのような条件で第三者が利用できるかを示す「オープンデータライセンス」を付与することが一般的です。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)の利用規約等に基づき、著作権法上の権利制限(複製、公衆送信、翻案等)に関する許諾条件を明確にします。
- 利用者の義務: オープンデータ利用者は、付与されたライセンスの条件(例:クレジット表示義務、改変の可否、非営利限定等)を遵守する義務を負います。ライセンス条件に違反した場合、著作権侵害となる可能性があります。
- 著作権法上の権利制限: 著作権法には、私的使用のための複製(第30条)や引用(第32条)といった権利制限規定があります。これらの規定に基づく利用は、オープンデータライセンスの条件にかかわらず適法に行うことが可能です。しかし、事業目的での利用など、権利制限規定の範囲を超える利用を行う場合には、ライセンスの条件遵守が必要となります。
弁護士が実務で考慮すべき点
オープンデータに関する弁護士の実務においては、以下のような点を考慮する必要があります。
- 法制度間の関係性の理解: 官民データ活用推進基本法が推進するオープンデータと、情報公開法、個人情報保護法、著作権法等の既存法規との関係性を正確に理解し、クライアントに対して、どのような目的でどの法制度に基づく手続きをとるべきか、あるいはデータ公開・利用においてどのような法的制約があるかを助言すること。
- データ公開・利用のリスク評価: 行政機関等がデータを公開する際、あるいは企業がオープンデータを利用してサービスを開発する際に生じうる法的リスク(プライバシー侵害、著作権侵害、営業秘密漏洩、セキュリティリスク等)を評価し、その回避策や対応策について助言すること。特に、個人情報を含むデータの匿名化・非識別化に関する法的要件や最新の技術動向についても把握しておくことが重要です。
- 契約・利用規約に関する助言: オープンデータ提供者としての利用規約の策定支援や、オープンデータ利用者としての利用規約遵守に関する助言。カスタムライセンスの有効性や責任制限条項の解釈に関する検討。
- 紛争解決: オープンデータの誤謬・不正確性、利用規約違反、著作権侵害等を巡る紛争が発生した場合の法的構成(国家賠償法、不法行為、債務不履行等)の検討と、交渉、ADR、訴訟等の手続きにおける代理。
- 行政機関等への助言: 地方公共団体の条例策定支援、データ公開基準の策定、公開プロセスにおける法的留意点に関する研修等。
結論
官民データ活用推進基本法は、オープンデータ推進の重要な法的基盤を提供しますが、その基本方針や推進計画は、直ちに個別のデータ公開に直接的な法的義務を課すものではありません。実際のデータ公開・利用にあたっては、情報公開法による開示の枠組み、個人情報保護法による個人情報の保護、著作権法による著作物の利用許諾といった既存の法規制が重要な役割を果たします。
弁護士は、これらの法制度間の複雑な関係性を体系的に理解し、データ公開者および利用者双方に対して、法的なリスク評価、コンプライアンス、契約実務、紛争解決といった多岐にわたる側面から的確な助言を提供することが求められます。本稿が、オープンデータに関する実務上の課題に対応する上で、一助となれば幸いです。