独立行政法人・特殊法人等のオープンデータ公開:法的義務と実務上の課題を弁護士が解説
はじめに
近年のデータ活用の重要性の高まりに伴い、政府機関だけでなく、独立行政法人や特殊法人等(以下「独立行政法人等」といいます。)におけるデータ公開の推進も求められています。独立行政法人等は、国の行政機関とは異なる法的地位を有しており、その保有するデータの公開に関する法的義務や実務上の課題には、行政機関とは異なる側面が存在します。
本稿では、弁政士が独立行政法人等のオープンデータ公開に関連する案件を取り扱う際に必要となる、法的根拠、行政機関との比較、および実務上の課題について解説いたします。
独立行政法人等の法的地位と情報公開義務
独立行政法人等は、その設立根拠法に基づき設立される法人であり、国の行政機関とは組織形態、法的地位、運営原則が異なります。情報の公開という観点では、主に以下の法律が関連します。
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独立行政法人等情報公開法:
- 独立行政法人等が保有する情報の開示請求について定める法律です。これは国の行政機関が対象となる行政機関情報公開法と同様の情報公開制度を、独立行政法人等に適用するものです。
- 何人も、独立行政法人等に対し、その保有する法人文書の開示を請求することができます(第3条)。
- 非開示情報(個人情報、法人等の正当な利益を害する情報、公共の安全・秩序維持に支障を及ぼす情報等)の規定は、行政機関情報公開法とほぼ共通していますが、一部の独立行政法人等については、その業務の特殊性に鑑み、個別の非開示事由が根拠法で定められている場合があるため、注意が必要です。
- 開示請求に係る手数料については、独立行政法人等情報公開法および各独立行政法人等の定めるところによります。行政機関情報公開法に基づく開示請求には手数料がかかりませんが、独立行政法人等への請求には手数料がかかる場合が多いという実務上の違いがあります。
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官民データ活用推進基本法:
- 国の行政機関等におけるデータ公開の推進に関する基本原則等を定める法律です。
- 第6条第1項では、「国の行政機関は、国民一人一人が・・・円滑かつ安心してデータを利用等することができるよう、その保有するデータをオープンデータとして公開するものとする」と定められています。
- 同法における「国の行政機関等」の範囲について、独立行政法人等が含まれるか否かは、法令上の解釈や各独立行政法人等の位置づけにより検討が必要です。一般的には、国の行政機関に準じる主体として、データ公開の推進が強く期待されています。第8条では、独立行政法人等を含む公的部門に対し、データの円滑な利用等が促進されるよう必要な措置を講ずることを求めています。
これらの法令に基づき、独立行政法人等は情報公開請求への対応義務を負うとともに、オープンデータとしてのデータ公開についても推進が求められています。
オープンデータ公開における実務上の課題と法的論点
独立行政法人等が実際にデータをオープンデータとして公開する際には、様々な実務上の課題とそれに伴う法的論点が生じます。
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公開対象データの選定と法的制約:
- 保有する膨大なデータの中から、オープンデータとして公開すべきデータを選定する必要があります。公共性、重要性、利便性といった基準に加え、法的な公開可否の判断が伴います。
- 個人情報保護: 個人情報(個人情報保護法第2条第1項)が含まれるデータについては、原則として匿名加工情報(同法第2条第9項)や仮名加工情報(同法第2条第5項)への加工、または削除が必要です。特に、独立行政法人等独自の個人情報保護規程が存在する場合があり、その確認も重要です。
- 法人等の正当な利益を害する情報: 企業の営業秘密や技術情報など、第三者に関する情報が含まれる場合は、その開示が当該第三者の権利や正当な利益を不当に害しないか、慎重な検討が必要です。
- 知的財産権: 第三者が権利を有する著作物(写真、図表、文書等)や、独立行政法人等自体が権利を有する著作物のライセンス(著作権法第63条以下)に関する処理が必要となります。無断での公開や不適切なライセンスでの公開は、著作権侵害のリスクを生じさせます。
- セキュリティ・公共の安全: インフラ関連データなど、公開によってテロ誘発や犯罪助長、施設の安全性低下につながる可能性のあるデータは、公開の対象としない、あるいは加工の程度を検討する必要があります。
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データ品質管理と提供者の責任:
- 公開されるデータは、機械判読可能で、可能な限り最新かつ正確であることが求められます。しかし、データ収集・整備の過程で誤りが含まれる可能性はゼロではありません。
- 公開されたデータの誤謬や不正確性により利用者に損害が生じた場合、提供者である独立行政法人等の責任が問われる可能性があります。国家賠償法(国家賠償法第1条)に基づく賠償責任や、民法上の不法行為責任(民法第709条)が適用されるか否かは、データの性質、誤謬の内容、公開における注意義務、利用者の信頼の程度など、個別の事案に即した検討が必要です。利用規約において責任制限を定めることも一般的に行われますが、その有効性には限界があります。
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ライセンスと利用規約:
- オープンデータの利用条件を明確にするために、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)等のオープンライセンスや、独自の利用規約を定める必要があります。
- 弁護士は、独立行政法人等の立場からは、公開データの範囲、利用者の行為によるリスク、免責事項、準拠法、紛争解決条項などを適切に盛り込んだ利用規約の作成を支援します。利用者側の立場からは、提供されているライセンスや利用規約の内容を正しく理解し、利用目的が許容される範囲内か、利用に伴うリスクを把握することが重要となります。
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リソースの制約:
- データの収集、整備、加工、公開プラットフォームの維持管理には、相応の財源、人員、専門知識が必要となります。これらのリソースが十分でない場合、データの質や更新頻度に影響し、実務上の課題となります。これは法的な義務履行の困難性にもつながりうる要素です。
弁護士の実務における留意点
独立行政法人等のオープンデータ公開に関する案件において、弁護士は以下の点に留意して実務を進めることが考えられます。
- 独立行政法人等の個別法の確認: 対象となる独立行政法人等の設立根拠法や目的法を確認し、データ保有・公開に関する特別な規定や制約がないかを確認します。
- 情報公開制度との関連: 情報公開請求への対応とオープンデータ公開は密接に関連します。情報公開請求で開示されたデータがオープンデータとして公開される場合もあれば、オープンデータとして公開されているデータが情報公開請求の対象となる場合もあります。それぞれの制度の趣旨、手続き、非公開事由の違いを正確に理解し、連携・整理して対応する必要があります。
- リスク評価と対応策: 公開データの選定段階から、個人情報、営業秘密、著作権侵害、セキュリティなどの法的リスクを評価し、適切な匿名化、削除、ライセンス処理、利用規約によるリスクヘッジ策を提案・実行します。
- 契約・規約作成支援: 公開するデータのライセンス選定、利用規約、API提供に関する契約書などの作成やレビューを行います。
- 紛争対応: データ公開や利用に関するトラブル(損害賠償請求、差止請求など)が発生した場合の対応方針を検討し、必要に応じて法的手続きを進めます。
結論
独立行政法人等におけるオープンデータの公開は、公共性の高いデータを社会全体で活用するために極めて重要です。しかし、その法的地位の特殊性や保有するデータの多様性から、行政機関の場合とは異なる、あるいはより複雑な法的・実務上の課題が生じます。
弁護士は、独立行政法人等情報公開法や官民データ活用推進基本法といった関連法規に加え、対象となる独立行政法人等の個別法や内部規程を深く理解し、個人情報保護、知的財産権、責任論といった多岐にわたる法分野の知識を駆使して、データ公開の適法性、リスク管理、適切な利用条件の設定に関与していくことが求められます。今後の法改正やガイドラインの改定動向にも注視が必要です。