行政機関のデータオープン化:公開義務、非公開判断基準、情報公開制度との関係性を弁護士が整理
はじめに
行政機関が保有するデータのオープン化は、官民データ活用推進基本法(以下「基本法」といいます)の理念に基づき、社会全体の生産性向上や国民生活の質の向上に資するものとして推進されています。弁護士の皆様が、クライアントからの行政データ利用に関する相談に対応したり、行政機関への情報公開やデータ提供についてアドバイスを行ったりする際には、行政データのオープン化に関する法的枠組み、公開・非公開の判断基準、そして既存の情報公開制度との関係性を正確に理解することが不可欠です。
本稿では、行政データのオープン化に関する主要な法的論点を整理し、実務上の留意点について解説いたします。
行政データのオープン化に関する法的枠組み
行政機関のデータオープン化は、基本法において行政機関等の責務として位置づけられています(基本法第9条)。基本法は、行政機関等が保有するデータを「国民が容易に利用できるよう、機械判読に適した形式で、無償で利用できること」等を基本原則として推進することを定めています。
この基本法に基づくオープンデータの推進は、従来の「情報公開法」に基づく情報公開請求制度とは異なる目的と性質を有します。情報公開法は、行政文書の開示を請求する国民の権利を保障し、行政の説明責任を果たすことを主眼としていますが、基本法に基づくオープンデータは、機械判読可能な形式での提供や二次利用の促進によるデータ活用を通じた新たな価値創造を目的としています。しかしながら、データの「公開」「非公開」という判断においては、両制度の間で共通する法的論点が存在します。
特に、情報公開法における非開示情報に関する判断基準は、オープンデータとして提供されるべきデータから除外されるべき情報の範囲を検討する上で参考となります。基本法自体は、どのようなデータをオープンにするかについて具体的な基準を定めているわけではなく、各行政機関の判断に委ねられる部分が大きいものの、情報公開法で非開示とされる情報(個人情報、法人等の正当な利益を害する情報、国の安全等に関する情報など)は、オープンデータとしても提供が制限されるべき類型と重なる場合が多いといえます。
また、行政手続法との直接的な関連は薄いものの、オープンデータに関する計画策定や、データ提供方法に関する規則の制定等においては、行政手続法に定められた意見公募等の手続が適用される場合があります。
行政データの公開・非公開判断の基準と実務上の課題
行政データのオープン化における最も重要な法的課題の一つは、どのデータを公開し、どのデータを非公開とするかの判断です。基本法は「国民が容易に利用できるよう」と定める一方で、他の法令による制限を受けることなく無制限に公開されるわけではありません。
公開が制限される典型的な類型は以下の通りです。
- 個人情報および関連情報: 個人情報保護法に基づき保護される個人情報、要配慮個人情報、およびこれらに類する情報については、原則として本人の同意なくオープンデータとして提供することはできません。特定の個人を識別できる情報だけでなく、他の情報と容易に照合することにより特定の個人を識別できる情報や、特定の個人に関する記述等が含まれる情報も含まれます。匿名加工情報や仮名加工情報として適切に加工されたデータであれば提供の可能性はありますが、その加工方法や再識別リスクの評価には専門的な知見が必要です(この点は「再識別リスクを回避するオープンデータの法的措置と倫理的配慮」に関する記事も参照してください)。
- 法人等の正当な利益を害するおそれのある情報: 法人その他の団体の事業に関する情報であって、公開することによりその法人等の正当な利益(営業秘密、競争上の地位等)を害するおそれがある情報も、原則として非公開とされます。情報公開法第5条第2号に相当する情報です。
- 国の安全、公共の安全、秩序維持に支障を及ぼすおそれのある情報: 公開することにより、国の安全が害される、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれる、公安若しくは公共の秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある情報です。情報公開法第5条第3号に相当します。
- 審議、検討、協議等に関する情報: 国又は地方公共団体の機関が行う審議、検討又は協議に関する情報であって、公開することにより、率直な意見交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれる、不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれがある情報です。情報公開法第5条第4号に相当します。
- 事務・事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれのある情報: 国又は地方公共団体の機関又は独立行政法人等の内部又は相互間における検討、検討等に関する情報であって、公開することにより、当該検討等又は事務・事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報、検査、監査、取締り、試験、交渉、契約等に関する情報であって、公開することにより、目的が達成できなくなる、不当に相手方に不利益を与えるおそれがある情報などが該当します。情報公開法第5条第5号、第6号に相当します。
これらの非公開情報に該当するか否かの判断は、データの性質、公開による影響、公益性等を総合考慮して行われます。特に、行政機関が自ら進んでオープンデータとして提供する際には、情報公開請求があった場合の判断基準に加え、データ活用によるメリットと非公開とすべき理由のバランスを考慮する必要があります。実務上は、どこまでを「容易に識別できる」と判断するか、どこまでを「正当な利益を害するおそれ」と判断するかなど、判断に迷うグレーゾーンが多く存在します。
データ種類別の法的制約と留意点
行政が保有するデータは多岐にわたりますが、特定の種類のデータについては、基本法以外にも個別法による制約が存在し、オープンデータ化の際の重要な留意点となります。
- 統計情報: 統計法に基づき作成される統計情報は、その集計や作成過程で得られた個票情報や事業所情報には厳格な秘密保持義務が課されています(統計法第41条)。オープンデータとして提供されるのは、原則として集計・公表済みの統計データそのものであり、個別の調査票情報等をそのままオープンデータ化することは、統計法に違反する可能性があります。統計ミクロデータの提供制度等、利用方法を限定した提供制度も存在しますが、オープンデータとは性質が異なります。
- 公文書: 公文書管理法に基づき管理される行政文書は、保存期間や管理方法が定められています。オープンデータとして提供されるデータセットが公文書の一部である場合、公文書管理法の規定も考慮に入れる必要があります。
- 地理空間情報: 地理空間情報活用推進基本法に基づき整備される地理空間情報には、測量法に基づく基本測量成果や公共測量成果等が含まれます。これらの情報はオープンデータ化が進んでいますが、測量成果の利用に関する手続きや、著作権(特に地図情報の著作権)に関する法的論点が存在します(この点は「地理空間情報オープンデータの法的規制と倫理的課題」に関する記事も参照してください)。
その他にも、税務情報(国税通則法、地方税法)、登記情報(不動産登記法、商業登記法)、社会保険情報(健康保険法、厚生年金保険法等)など、個別の法令によって秘密保持義務や目的外利用の制限が課されているデータも多く存在します。これらのデータをオープンデータとして提供する際には、それぞれの個別法の規定を遵守する必要があります。
弁護士の実務における対応
弁護士は、行政データのオープン化に関連して、様々な局面で専門的な対応が求められます。
- 行政機関へのデータ公開請求・交渉: クライアントが行政データを利用したい場合、公開済みのオープンデータで十分か、情報公開請求が必要か、あるいは個別交渉によってデータ提供が可能かなどを検討し、適切な手続きを選択する必要があります。非公開とされた場合の異議申立てや行政訴訟の可能性についてもアドバイスを行います。
- 公開データの利用に関するアドバイス: 行政機関が公開しているオープンデータには、それぞれのライセンス(クリエイティブ・コモンズ・ライセンス等)が付与されている場合があります。そのライセンスの範囲内での利用が可能か、著作権、個人情報保護、営業秘密等の観点から二次利用のリスクはないかなどを評価し、クライアントに適切な助言を行います。
- 行政機関のデータオープン化政策への関与: 地方自治体等がオープンデータ条例の制定やデータ公開指針の策定を行う際、弁護士として専門的知見を提供することが求められる場合もあります。
結論
行政機関が保有するデータのオープン化は、データ活用の推進に不可欠な取り組みですが、その道のりには多くの法的・倫理的な課題が伴います。特に、情報公開法、個人情報保護法、統計法、公文書管理法といった関連法規との複雑な関係性を理解し、個別のデータ種類や状況に応じた公開・非公開判断の基準を正確に適用することが求められます。
弁護士は、これらの法制度に関する深い理解に基づき、行政機関、データ利用者双方に対して、オープンデータに関する法的リスクを評価し、適切な助言を提供することが期待されています。最新の法改正、行政によるガイドラインの改訂、関連する裁判例の動向を常に注視し、専門性を維持・向上させていくことが重要です。