オープンデータ法倫理

行政機関のオープンデータ提供と情報公開・個人情報開示請求への対応:弁護士が整理する法的課題

Tags: 行政機関, オープンデータ, 情報公開法, 個人情報保護法, 法的課題

はじめに

近年、行政機関によるデータ公開が積極化しており、特にオープンデータとしての提供が進められています。官民データ活用推進基本法(平成28年法律第103号)等がその推進の法的基盤となっています。一方で、行政機関が保有する情報については、古くから情報公開法(平成13年法律第42号)に基づく情報公開請求制度や、個人情報保護法に基づく個人情報開示請求制度が存在します。

これらの異なる法的根拠に基づく情報公開・開示制度と、オープンデータとしてのデータ提供義務は、それぞれ目的や手続き、対象範囲等が異なります。しかし、特定のデータセットに関して、情報公開請求や個人情報開示請求がなされると同時に、オープンデータとしての公開が検討される、あるいは既に公開されているといった状況が発生する可能性があります。

本稿では、行政機関のオープンデータ提供義務と、情報公開法に基づく情報公開請求、個人情報保護法に基づく個人情報開示請求という既存制度との関係性に着目し、実務上発生しうる法的課題や留意点について、弁護士の皆様の視点から整理することを目的とします。

行政機関のデータ公開に関する法的枠組みの概観

行政機関のデータ公開は、複数の法律に基づいています。

1. オープンデータに関する法的基盤

官民データ活用推進基本法は、その名の通り、官民データの活用推進に関する基本理念等を定めており、行政機関等に対してデータの公開(オープンデータ化)を求めています。具体的には、第11条において、行政機関等はその保有する官民データの利用の促進のため、データ公開の推進に関する施策を策定し実施する努力義務を負うことが定められています。ここでの「オープンデータ」は、機械判読に適した形式で、二次利用が可能なライセンスの下で提供されるデータ等を指します。その目的は、データの利活用による新たなサービス創出や行政の透明性・効率性の向上等、社会全体の利益増進にあります。

2. 情報公開制度

情報公開法は、行政機関が保有する行政文書の開示を請求する国民の権利を定め、行政の諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすること等を目的としています(第1条)。原則として全ての行政文書が開示の対象となりますが、第5条に定める非開示情報(個人情報、法人情報、公共の安全・秩序維持に支障を及ぼす情報、国の機関等の意思形成情報等)に該当する場合は、開示されないことがあります。情報公開請求は、特定の行政文書の存在を前提とし、その開示を求めるものです。

3. 個人情報保護制度

個人情報保護法は、個人情報の適正な取扱いに関し、行政機関等について、個人情報保護委員会の権限及び、保有個人情報の開示、訂正、利用停止等を請求する本人の権利等を定めています。行政機関等非識別加工情報に関する規律も含まれます。個人情報開示請求は、自己を本人とする保有個人情報の開示を求めるものです(第76条)。ここでは、請求者本人のプライバシー保護及び自己情報コントロール権の保障が主たる目的となります。

オープンデータ、情報公開請求、個人情報開示請求の関係性

これらの制度は、行政が保有する情報を外部に提供するという共通点を持つ一方で、いくつかの重要な違いがあります。

実務上の交錯点と法的課題

これらの制度が実務で交錯する際に生じる可能性のある法的課題を以下に整理します。

1. 非公開情報・非開示情報の判断基準の整合性

官民データ活用推進基本法に基づくオープンデータ公開の例外規定(個人情報、公共の安全等)と、情報公開法上の非開示情報、個人情報保護法上の非開示事由(個人情報保護法第82条等)は、それぞれ目的とする保護法益や解釈が完全に一致するとは限りません。 例えば、特定の行政データセットに含まれる情報が、情報公開法上は「法人情報」として非開示になりうるが、オープンデータとしては公益性や加工による非特定化により公開が検討される場合、あるいはその逆の場合が考えられます。また、個人情報が含まれるデータセットについて、情報公開法上は非開示情報(個人情報)として判断される一方で、オープンデータとしては匿名加工情報や仮名加工情報として公開が検討される場合、さらに個人情報開示請求がなされる場合など、複数の判断基準が関わってきます。 行政機関は、これらの異なる法的根拠に基づく判断基準を、個別のデータセットや請求の性質に応じて適切に適用する必要があります。その判断は複雑であり、解釈の統一性や法的安定性を欠く可能性があります。

2. 請求対応と公開実務の連携

特定のデータセットについて、情報公開請求や個人情報開示請求がなされている間に、当該データセットのオープンデータとしての公開準備が進められている、あるいは既に公開されている場合があります。 情報公開法や個人情報保護法に基づく請求に対しては、法令に定められた期間内に開示・不開示等の決定を行い通知する義務があります。一方で、オープンデータ公開は行政機関の計画や判断に基づき行われます。 請求対応担当部署とオープンデータ公開担当部署間での情報共有や連携が不十分な場合、以下のような問題が生じ得ます。

オープンデータとして既に公開されているデータについては、情報公開法上の「開示されたとき」に該当するかどうか、個人情報保護法上の「既知の情報」として開示請求の対象外となるか、といった法的解釈も課題となり得ます。

3. 説明責任と透明性の確保

情報公開制度や個人情報保護制度は、行政の透明性を確保し、国民や本人に対する説明責任を果たすための重要な手段です。オープンデータもまた、行政の透明性を高める効果を持ちます。 しかし、前述のような判断基準の相違や実務の連携不足は、かえって国民や本人に行政のデータ公開・開示に関する判断が不透明であるとの印象を与えかねません。 特に、特定の情報が情報公開請求では非開示とされたにもかかわらず、後日、体裁を変えてオープンデータとして公開された場合など、その判断理由について丁寧な説明が求められます。

4. 責任の所在

オープンデータとして公開されたデータに誤りがあった場合、あるいは非公開とすべき情報(個人情報等)が含まれてしまっていた場合、行政機関の責任が問題となります。これは、「オープンデータの品質確保義務と提供者の法的責任」や「再識別リスクを回避するオープンデータの法的措置」といった論点とも関連しますが、これが情報公開請求や個人情報開示請求への対応プロセスとどのように関連するかも検討が必要です。例えば、情報公開請求や個人情報開示請求の審査過程で誤りが見過ごされ、それがオープンデータとして公開された場合の責任の重みなどが論点となり得ます。

弁護士が対応すべき実務上の留意点

弁護士がこれらの事案に関与する場合、以下の点に留意することが考えられます。

結論

行政機関によるオープンデータ推進は社会全体の利益に資する重要な取り組みですが、既存の情報公開制度や個人情報保護制度との関係性において、実務上複雑な法的課題が生じ得ます。非公開情報の判断基準の整合性、請求対応と公開実務の連携、説明責任と透明性の確保、そして責任の所在といった論点について、行政機関は今後も対応を迫られることになります。

弁護士としては、これらの制度間の違いと関連性を正確に理解し、依頼者の状況に応じて最適な情報取得手段を選択する支援、行政機関に対して法的安定性と透明性を確保した対応を促すための専門的な助言を提供することが重要となります。今後の法改正や行政解釈の動向にも注視していく必要があります。